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「これから1ヶ月ほど中国に出張だから留守を頼むよ。あと光の事を考えて置いて」
工場の2階にある狭い事務室で背広にネクタイの男は、事務机の引き出しから赤いパスポートを取り出しつつ言った
「光はもう一人前の立派な技術者ですよ、今更、修行だなんて…貴方だって…」
母神 鬼子は、反発するが
「修行と言っては何だけど工業高校を出て君と婚約するまで8年間、現場でフライス盤加工に携わって、そこの社長の紹介で君と見合いをして婚約して、それから3年、経営でやらせて貰って…だからね?今の儘では光に工場を継がせられないよ」
「貴方が社長になっていますけど、工場は、私が実父から継いだのですよ。後継者は私が決めます」
「鬼子、君は良くやっている。感謝しているよ、でもね、ちょっと光に甘過ぎる」
二人は此の話になると何時までも平行線で
「ああ、飛行機の時間に間に合わなくなる」
社長は壁の時計を一瞥し日程を優先して気忙しく
「頼むよ」
と、事務室を後にした
「全く、早く行っちゃいなさいよ」
母神が軽い駄洒落を思い付き
「うふふふ」
と、笑うと、カラカラと事務室の引き戸を開く音がして
「社長、禍金機械商会の禍金 忌離子って、人が来てますけど~、ありゃ居ない」
作業着の男が作業帽を脱ぎつつ言った
(あの人ったら、面会の約束が有るのを忘れて…)
「たった今の行き違いね。いいわ私が応対するから入って貰って」
母神がいうと
「へへ、此方で…」
作業員は鼻の下を延ばし、黒髪のおかっぱ頭に黒縁の眼鏡、黒い背広の出る所は出て引っ込む所は引っ込むナイスバディ、禍金 忌離子を招き入れる
狭い事務室の片隅にフェイクレザーのソファーにガラステーブルの応接セット
「禍金機械商会さん、いま特に発注する様な消耗品は無いと思うけど、社長は何と?」
母神が紙コップのお茶を勧めると
「いえいえ、禍金機械商会では、機材や消耗品の販売だけでは有りません。萬、工場のお悩み事を承ります」
禍金は言った
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