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 思ったよりも早く仕事が終わり、早く帰れる日は帰りましょう、と同僚たちと帰路についた巽は、最寄りの駅の改札を出た瞬間、巽さん、と呼ばれ立ち止まって辺りを見回した。 「お疲れ様」  手を振りながら近づいてくるのは灯希だった。手には買い物袋が提げられている。 「買い物してきたのか?」 「うん。鶏肉買ってきた」  巽が灯希の傍に寄り並んで歩きだす。灯希は嬉しそうに微笑んだ。 「今日はまっすぐ帰ってきて偉いね」 「偉いって、子どもじゃないんだから」 「子どもじゃないから心配なんだよ」  巽が怪訝な顔をすると灯希も不機嫌な顔をした。それから足元を見つめながら、昨日はごめん、と口を開いた。 「あんなこと、するべきじゃなかったって反省してる。ちょっと、感情抑えられなくなっちゃって」 「うん……そうか。反省してるならいいよ」  二度も灯希とあんなことをすることになるとは思っていなかったが、灯希にだって気の迷いや虫の居所の悪い日なんてものもあるだろう。フラストレーションをぶつけた先が自分で良かったのかもしれない。 「何か、悩みでもあるなら聞くから……最近、灯希とちゃんと話をしてないなと思ってたところだし」  灯希が小さい頃は、今日はこんなことがあったとか、友達とこんなことをして遊んでいるだとか、本当にたくさんのことを話してくれた。母親である姉が知らないことも巽が知っていたくらいだから、相当たくさんのことを話してくれていたのだろう。  こうして大人になって一緒に暮らしてからは、そういえば灯希の話はあまり聞いていない。こちらから聞けば答えてくれるけれど、灯希の方から話してくれることはなくなったように思う。 「悩みとかは特に……今は、巽さんがチョロすぎることが一番の悩みかな」 「チョロって……そんなことないだろ」 「そんなことあるよ。あんなに無防備に抱えられて帰ってきて、挙句、寝ちゃうとか。俺、あんなに他人に気を許すとどうなるかってのも教えるつもりだったんだよ」 「それは、心配しすぎだよ。そもそも木南は、灯希が来る前はよくうちに遊びに来てたんだし、おれが寝てる間に悪事を働くようなやつじゃない」  木南は自分のことをよく心配してくれる優しい同期だと思う。そんな人が何かするなんて思えないのだ。灯希にとっては木南はきっと他人だから、心配も大きくなってしまっているだけだろう。 「それでも……今は俺のこともちゃんと考えてよ」  見上げた灯希の口元が不機嫌そうに歪む。言われてみれば今は灯希の家でもある。そんなところにいきなり馴染みのない人が来たら、確かに少し嫌かもしれない。灯希が家に友達を連れてこないのは、自分がされたら嫌だったから、というのも考えられる。  そこまで考えていなかったな、と巽は少し反省し、ごめん、と灯希に謝った。 「そうだな。あの部屋、今はおれだけじゃなくて、灯希の家でもあるんだから、突然誰か連れてこられたら嫌だよな」  眉を下げて灯希を見やると、こちらを見たその目が少し見開かれた。それから少し頬を緩めた灯希が、そうだね、と頷く。 「それもあるよ。だから以後気を付けて」  飲みすぎないように、といつもの笑顔で灯希が厳しめの口調で巽に詰め寄る。巽はそれに、わかりました、と頷いた。確かに飲みすぎてあちこちに迷惑を掛けるのはこれきりにしたい。 「よろしい。じゃ、帰ろう、巽さん」  嬉しそうに笑んだ灯希が歩調を早める。巽はそれに倣うように灯希の隣を歩き出した。
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