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 総務課の仕事には、備品の管理もある。ほとんどの物は個人で買い、経費として申請してもらうのだが、紙類やファイルなど会社全体で使うものはまとめて購入している。備品室の在庫のチェックも巽の仕事なのだが、これがなかなか手間のかかる仕事で、この日も午後一番から始めたというのに既に三時を過ぎていた。 「やっぱり一人だと効率が悪いな」  スチール製の棚に体を預け、ため息を吐く。すると部屋のドアが開く音が響いて、ついで、麻岡くんいるー? という聞きなれた声が巽の耳に届いた。 「いるよー」  声だけで返事をすると、靴音が聞こえ、棚の間から高梨が顔を出した。 「お疲れ様。備品の申請しても返信なくて総務課行ったら、麻岡くんも備品室にいるっていうから、取りに来ちゃった」 「あー、ごめん。すぐ使う時はここから持って行って、申請は後でもいいよ」  こちらに近づく高梨に眉を下げると、高梨は白い歯を見せ、ありがと、と笑んだ。やっぱりこの屈託のない笑顔は、巽の胸を温かくする。 「直接来て良かった。ちょっと休憩していこうっと」  高梨が深く息を吐きながら巽と同じようにスチール棚に背を預ける。自分でこうして少しでも休憩を取らないといけないくらい忙しいのだろう。 「お疲れ様。……そういえば、異動のこと、聞いた。どうするつもり?」 「あー、うん。もう支社に異動することに決めたんだ。やっぱり営業やりたいし」  今後輩に引き継いでて大変なの、と高梨が軽くため息を吐く。木南が言っていた通り、今は仕事を大事にするという選択をしたのだろう。そうか、と巽が頷くと、その顔がどうやら気落ちして見えたらしく、大丈夫よ、と高梨が巽の肩を叩く。 「時々麻岡くんには会いに来るつもりでいるし」  本社に用事で来ることもきっとたくさんあるよ、と微笑まれ、巽は、それは嬉しいけど、とかぶりを振った。 「おれっていうより、木南と離れて暮らすの、寂しくない?」 「全く、なんて言ったら怒られそうだけど、大丈夫よ。結婚したからいきなり一緒に暮らすっていうよりは段階的に少しずつ一緒に居る時間増やす方がいいかなと思ってるのよ。いままで、お互いの部屋に泊まったこともなかったから」  だからちょうどいいの、という言葉を聞いて巽は少し驚いていた。木南がそんな清い交際をしているとは思っていなかったのだ。勝手に、既に半同棲状態だったからこその結婚なのだと思っていた。  そんなことを考えていた自分がとても卑しい人間のような気がしてなんだか顔が火照る。 「そう、だったんだ。そういう考え方もあるか」  巽の言葉に高梨は頷いてから少し笑う。 「麻岡くんはきっと出来る限り一緒にいたいタイプよね」  違う? と聞かれ、巽は取り繕うこともできなくて、素直に頷いた。  自分だったら一緒にいたいと思う。巽は灯希が来るまでは、長い間恋人もいないし、一人で暮らしていた。その時は特に何も感じなかったのだけれど、灯希との生活を知ってしまった今は、一人に戻るのはきっと寂しいと思ってしまう。  結婚とはまた違うのだろうけれど、やっぱり家で笑いあえる誰かがいるというのは幸せだと思うのだ。 「そう、だね。多分、おれが結婚を決めるのって、相手と一緒にいたいからだと思うんだ。だから、離れて暮らす選択肢はないかもしれない」  ちょっと重いかな、と笑うと、そんなことないよ、と高梨が優しく微笑む。 「一緒にいたいって思える誰かがいるっていいよね。……ねえ、ちなみに麻岡くんは、今そういう相手、いるの?」  高梨の声のトーンがひとつ落ちる。気を使っているのだろうと感じた巽は、残念ながら、といつもより明るく笑った。 「まだ先だな、おれは」 「そっか……あのね、麻岡くん……」  高梨がそこまで言葉にしたその時だった。そのスーツの上着から着信音が響いた。高梨がポケットからスマホを取り出し画面を見やる。それから大きくため息を吐いた。 「ごめん、呼び出された。行かなきゃ」 「うん、いってらっしゃい」  高梨が眉を下げため息を吐く。それに巽は柔らかく笑んでから手を振った。高梨は電話に出ながら同じように手を振って備品室を出て行った。 「……何か相談だったのかな……」  いつもと違う雰囲気だったことが気になったが、また今度聞けばいいか、と特に気にすることもなく、巽は仕事を再開させた。
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