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「麻岡、そろそろ次飲むもの頼もうか? てか、皿何も入ってないじゃん。何か取る?」
その日の夜の同期会はいつもの居酒屋だ。そしていつも通り巽の隣に座るのは木南だった。
自分から話しかけることが苦手な巽は、人間関係も自分から築いていくタイプではなく、交友関係もそう広くない。木南はそんな巽の少ない友人の一人だった。
「そんな気を使わなくてもいいよ、木南」
「いや、心配になるだろ、いつも麻岡は会費分飲んでないんじゃないかって思うんだよ」
いつ会っても細いし、と木南が巽の肩を抱き寄せる。巽はそんな木南の胸を押して、大丈夫だってば、と木南を見上げた。
爽やかな体育会系の顔立ちをした木南は、その体もしっかりとしていて巽と比べると厚みも違う。だから木南の言いたいことは分かるが、巽としては十分酒も料理も楽しんでいる。
「ちゃんと食べてるし飲んでる。今は休憩してるんだよ」
「ホントか? あ、ほら、麻岡、月見つくね好きだよな。取っておけよ」
何かしないと木南自身が納得できないのかもしれない。巽は、呆れた顔で、じゃあ取って、と皿を出した。木南が嬉しそうにそれにつくね串を載せる。
「ホント、麻岡と木南って、親子みたいだよな」
巽と木南のやりとりを向かい側で見ていた同僚が笑いながらこちらを見やる。巽はそれに首を傾げ、親子? と聞いた。
「親鳥とひな、みたいな? 木南ってよく麻岡の世話してるよな」
そんなふうに思われていたとは知らず、巽が言葉を失う。仕事ではよく木南のフォローをしていると思っていたのに、同期から見ると世話をされている認識だったというのはちょっと解せない。
「麻岡って、ちょっと放っておけないところあって……仕事ではかなり世話されてるんだけど」
木南が、な、とこちらに視線を送る。どうやら木南は分かっていたらしい。それならいいか、と巽は頷いた。
「まあ、麻岡はもう主任だし、色々自分で都合よく出来るところもあるだろ? 正直羨ましいよ」
向かいの同僚が浅いため息をついてからビールのグラスを傾ける。巽が黙って聞いていると、その隣の同僚も、そうだよな、と頷いた。
「しかも総務だろ? 何か結果を残さなきゃいけないわけじゃないし、気楽っていえば気楽だよな」
事務方というのは『自分の給料分の数字も作らない』と下に見られることが多い。会社的にはその通りなのだと思う。けれど自分たち事務方がいなければ経理も事務も申請書ひとつとっても全部自分たちでやらなければいけないということを分かっていない。
自分が仕事ができないとバカにされるのは構わないが、総務全体をバカにされるのはなんだか腹立たしくて、巽が口を開いた。
「それは……」
「そんなことないと思うぞ。麻岡、月末はいつも『オレ待ち』で深夜まで残業してるし、『オレの書類不備』で同じ書類二度も三度も作らされてるし、起点が自分じゃない仕事って、自分のタイミングで出来ないし、気楽ではないと思う」
巽が言葉にする前に木南が言葉を挟み、な? と巽に笑いかける。巽は大きくため息を吐いてから、そうだな、と頷いた。
「木南にはいつも振り回されてる」
「だから、こうしてプライベートで甘やかしてイーブンに持っていこうとしてるわけ。まあ、麻岡はひな鳥でも可愛いけど」
よしよし、と木南が巽の頭を撫でる。巽はそれに、分かったから、と不機嫌に答えて木南の手を退けた。
「とはいえ、そろそろ巣立ってもらわないと、木南だって結婚するんだし」
同僚が木南を見てから、ちらりと別のテーブルで談笑している高梨に視線を向ける。それを聞いて巽が、結婚? と木南を見やった。
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