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10
とても深く眠った気がする。
今まで眠れなかったのが嘘のようにぐっすりと眠ったのか、翌朝の巽の頭はとてもすっきりしていた。体は若干の重さがあるが、それはきっと灯希が悪い。
巽はふと隣に視線を向けた。そこは既に空になっていて、相変わらず灯希はこんな日でも早起きをしているらしい。
「今日くらい年下らしく寝顔を見せてくれてもいいのに」
巽は昔見ていた可愛らしい灯希の寝顔を思い出しながら体を起こし、布団を開いた。そこで自身の手に違和感を覚え、両手を広げる。
「な、何、これ……」
広げた左手の薬指には銀の指輪がぴたりと嵌っていた。キラキラ輝くそれはおもちゃなどではなく、巽は慌ててベッドを降りて寝室を飛び出した。
「と、灯希、おれ……まだ寝てる?」
「あ、おはよう、巽さん。寝てるって……ちゃんと起きてきてるよ」
ふふふ、と笑う灯希は既にキッチンで食事の用意をしていた。それはいつもの景色で現実味があるのだが、指輪には現実味がひとつもない。
「夢、じゃないかと、思って……これ」
「夢じゃないよ」
キッチンに立っていた灯希に手を広げて見せる巽に対し、いつもと変わらない様子で灯希が微笑む。気づいていないわけではないだろう。こんなものを巽の指に付けられるのは灯希しかいないのだ。
「灯希、これ、どういう意味?」
灯希の傍により、再び手を広げると、灯希はその手を取って、指輪にそっと口づけた。巽がそれを見て顔を赤くする。
「意味なんて一個しかないでしょ」
左手の薬指だよ、と灯希が優しく笑んでこちらを見つめる。
当然結婚を意味することは分かっている。けれど巽が聞きたいのはそういうことではない。
「でも……おれと、灯希は、男同士で、家族で……」
「確かにね、公に結婚はできないよ。でも、だからって指輪をしちゃだめってことはないし、初めて巽さんを抱いた日に、俺ちゃんと誓ったはずだよ。俺が全部巽さんの理想を叶えるって」
「え?」
驚く巽の手を離し、灯希はトレイに皿とカップを載せてリビングへと歩いて行った。リビングテーブルの上には既に一つのケーキ箱とコーヒーポットが置かれている。
「巽さん、あの日言ったんだよ。いつか幸せな結婚がしたいって。引き出物のバームクーヘンを自分たちの分も買って、翌朝に仲良く食べるような、そんな優しい結婚が理想だって」
灯希は言いながらテーブルの傍に座り込み、ケーキの箱を開けた。中にはバームクーヘンが入っている。
「結婚式はしてないし、これだって引き出物じゃないけど……二人で食べようよ、巽さん」
灯希がこちらを振り返り、微笑む。
確かにそんなことを思っていた。それを灯希に言った記憶はないのだけれど、酔った自分が話したのかもしれない。
「うん、食べる」
巽が頷いて灯希の隣へ座る。そんな巽に灯希が微笑み、コーヒーを用意してくれる。
「なあ、灯希」
「ん?」
バームクーヘンを切り分けている灯希に巽が声を掛ける。
今、ちゃんと言わなきゃいけないと思った。これだけは、年上である巽がちゃんと主導権を握りたい。
「おれと……ずっと一緒にいてください」
巽が灯希に頭を下げる。恥ずかしくて顔は上げられなかった。
「巽さん……首まで真っ赤」
ははは、と笑い出す灯希に、巽はこっちは真剣に言ってるのに、と思い、少し不機嫌に顔を挙げた。その瞬間、灯希の唇が自分のそれに触れ、小さくキスをして離れる。
「当たり前でしょ。もう離れないよ」
優しく微笑む灯希の左手の薬指には、指輪はない。巽は灯希の手に触れ、うん、と頷いた。
「今日は灯希の指輪を買いに行こう。昨日の日付入れてもらってさ」
「いいね。嬉しい。一生付けられる、カッコいいの、買ってよ」
一生、という言葉に巽は少しドキリとしたが、それはすぐに喜びに変わっていく。巽は灯希に微笑んで、好きだよ、とささやいてからもう一度キスをしたくて灯希にそっと近づいた。
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