【後日談】それはそれでアリなのです。

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【後日談】それはそれでアリなのです。

※高梨視点の後日談です。  今日は三カ月ぶりの同期会だ。集まる名目が自分の送別会というのが少し寂しいが、そんな会を企画してくれたということがやっぱりうれしい。 「高梨ー、どうしても支社に行くの?」  同期の女の子が眉を下げて高梨の隣でこちらを見上げる。高梨は、そうだね、と困ったように頷いた。 「私も寂しいよ、みんなと離れるの」  本社は女の子のレベルが高いから本当に癒されていた。いやらしいことなんて何も知りませんというような清楚な子から、シャツの隙間から黒い下着が見えちゃうようなセクシーなお姉さままで働いている職場なんてそうそうないだろう。そんな彼女たちを堂々と見ていられる幸せは今日で最後と思うと、高梨は少し――いや大分寂しい。  ここまで聞けば分かると思うが、高梨の恋愛対象は女性だ。  だからこそ木南とカモフラ婚をしたのだ。結婚したら部署異動しなくてはいけないというのは想定外だったが、後から考えてみれば高梨にとって都合も良かった。  木南の方にも何か思惑があって結婚に至ったようだけれど、最近は『新婚で幸せです』の演技が出来ないくらい何か落ち込んでいるようだった。  書類上妻なので、仕方なく高梨が席を移動し、木南に声を掛ける。 「一人で飲んでるの、珍しいね」  いつもは同期の麻岡の傍に陣取り、めいっぱい世話を焼いているのだが、今日は席が離れている。高梨に気づいた木南は、まあな、と頷いた。 「麻岡が取られた」 「……元々木南のものじゃないでしょ」 「会社ではオレのものだった」 「そんなことないでしょ。私にだって懐いてくれてたもの」  勝ち誇った顔で木南を見ると、麻岡は男だぞ、とふてくされた顔で木南がこちらを見やる。 「んー、前にも言ったけど麻岡くんは性別とか関係なく可愛い生き物なんだよね。犬とか猫ってオスでもメスでも可愛いでしょ? そんな感じで、傍にいて、頭からつま先まで全部可愛がってお世話してやりたい感じ」  いつもふわふわと柔らかい笑顔で、ネクタイをちゃんと結べないくらい不器用で、いつもいい香りがして、優しくて仕事もできるのにどこか頼りない、そんな印象の彼は、男だけれどしっかりと高梨の恋愛対象に入っていた。ただ、彼と抱き合えるかと聞かれたら抱いてあげたいと思ってしまうので普通の男女とは違う付き合いになってしまうのだろう。  だからこれまでそんな淡い気持ちを本人には告げずにいたのだ。 「残念だけど、もうアイツにそうしてるやつ、いるんだよ」  ざまあ、と言って木南が目の前のグラスを持ち上げる。高梨は、そうなの? と聞き返した。 「そう。今日も麻岡酔ってるから、きっともうすぐその飼い主が来るよ」 「飼い主って……」  言い方、と怪訝な表情のまま麻岡を見ると、確かにもう体がぐらぐらと揺れていた。隣に座る同期が時折それを支えて、座っているのがやっとという感じだった。無防備でそこが可愛いのだが、ちょっと心配にもなる。 「ちょっと様子見てくる」  高梨が立ち上がり麻岡の傍に向かう。テーブルの端に席をとっていた麻岡の傍に高梨がしゃがみ込むと、それに気づいた麻岡が赤い顔でふわりと笑顔を向けた。  やっぱり可愛い。 「麻岡くん、大分酔ってるみたいだけど大丈夫?」 「高梨さん……やっぱり職場に君がいないと思うと、ちょっと寂しくて飲みすぎたかも」  自分と離れることが寂しくて飲みすぎるなんて、本当に可愛らしい。 「私も麻岡くんと離れて仕事するの、寂しいよ」  外回りで気を使ってへとへとになって戻ってきて、総務に書類を提出に行くと、この可愛らしい笑顔で迎えられたら本当に癒されるし疲れも飛んでいく。これからはそれがないと思うと、やっぱり残念だ。 「じゃあ、麻岡くんも支社に来る? で、引っ越して私と一緒に住んじゃう?」  それよくない? と冗談半分で言うと、ありえません、となぜか後ろから声が飛んできた。振り返ると、そこには若い男性が立っていた。 「あ、灯希」 「巽さん、外では自重してってあれほど言ったのに。帰るよ」  灯希と呼ばれた男性が膝をつく。麻岡が素直に男性に手を伸ばした。よく見ると、その人は以前も見たことがある人だった。 「君、前にも麻岡くん迎えに来てた……」  高梨が声を掛けると、麻岡に手を貸しながら、甥の灯希です、と軽く頭を下げる。高梨はそれに、同期の高梨です、と笑顔を向ける。 「……転勤されるんですよね。どうぞお元気で」  灯希はそれだけ言うと、麻岡に肩を貸し、立ち上がる。高梨は慌てて、私も出るから荷物持ってくよ、と立ち上がった。  それを見て灯希が少し不満そうな顔をする。それだけで、木南が言っていた『取られた』というのがどういうことなのか分かってしまった。  そうだろうなと思っていたが、木南も麻岡が好きだったのだろう。けれどこの灯希という甥に取られた、ということらしい。高梨はちょっとだけ笑うと、心配しないで、と灯希に向かって口を開いた。 「私にとって麻岡くんって猫みたいな感じなのよ」 「……よく分からないですが、タクシーまで荷物お願いします」  灯希が麻岡を抱え歩き出す。高梨は頷いてからその後をついていった。
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