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 寂しいと嬉しい、両方の気持ちを抱えたまま迎えた木南と高梨の結婚式は、親戚と友人だけのささやかなレストランウェディングだった。友人枠で呼ばれた巽のテーブルには同期が何人かいて緊張も解けたせいか、それともやっぱり憧れの人が結婚してしまうとか、一番の友人とこの先あまり遊べなくなるとかの寂しさがあったのか、巽はいつもよりも酒を飲んでいて、友人だけで二次会に行こう、と場所を移動したところで、記憶は途絶えていた。  そして気づくと灯希に抱かれていたのだ。 「……夢、か?」  しばらく彼女もいないし、結婚式の二人にあてられて、そんな夢を見たのかもしれない。  相手が灯希というのは自分でも解せないが、身近な存在だったからというのも考えられる。  そんなことを思いながら目を覚ました巽だったが、起き上がろうとした瞬間に腰とあらぬところの痛さに体を強張らせた。この痛みは現実だろう。ということは、昨日のことも夢ではない、ということになる。こんな体の痛みを感じてもまだ夢ではないのかと疑うほどに信じられないのだが、きっと現実なのだろう。  力の入らない足を無理やり立たせ、巽はベッドから降りてリビングへと向かった。キッチンにいた灯希がそれに気づき、おはよう、と微笑む。 「巽さん今日お休みだよね。とりあえずコーヒーでいい?」 「あ、うん……」  ソファに座った巽が曖昧に頷いて灯希を見つめる。その視線に気づいた灯希が眉を下げて、具合悪い? と聞きながらカップを持ってこちらに近づいた。  昨日のことを覚えていないのか、灯希の態度はいつもと変わらない。実はやっぱり夢だったのではないか、と思ってしまうほどだ。 「いや、そうじゃないが……」  歯切れの悪い言葉を返したからだろう。灯希はカップをテーブルに置くと巽の隣に座ってこちらを見やった。 「じゃ、なかったら……巽さんは昨日のこと、どこまで覚えてる?」 「……友人だけの二次会に行って……ごめん、そこから覚えてなくて、気づいたら家で、その……夢、かもしれないんだが……」  巽が言い淀む。気づいたら灯希に抱かれてました、とはちょっと言いにくい。  それを察したのか灯希が、夢じゃないよ、と笑った。 「現実だよ、巽さん。巽さんは俺のものになったんだ」  灯希の言葉に巽は言葉が返せず、ただ灯希を見つめていた。灯希はそれに微笑み、更に言葉を繋いだ。 「ちょっと心配だったから巽さんに電話したら別の人が出て、巽さん酔いつぶれたって聞いて、それで俺が迎えに行ったの。友達が結婚しちゃって寂しいとか言うから、俺と結婚しよって言って、巽さんを抱いたんだよ」 「え……結婚……?」  話が飛びすぎて巽はついていけず、灯希を見上げて首を傾げる。そんな巽に小さく笑ってから、灯希は巽にいつものようにキスをした。 「そ。俺は巽さんが大好きだから、結婚しよって言ったの。巽さんは酔ってたから、結婚するともしないとも答えてくれなかったけど……俺の気持ちは知ってて」 「好きって……おれたちは家族だろ? 灯希のその好きも家族愛じゃ……」 「ないよ。さすがに家族愛でセックスなんてできないでしょ」  ふふふ、と笑われ、巽が目を伏せる。顔が熱かった。小さいころから知っている灯希の口からセックスなんて言葉が出たことが、なぜかとても恥ずかしく、更にその相手が自分だったということがいたたまれなくて、巽は思わず立ち上がった。 「……シャワー、浴びてくる」  巽はぎくしゃくと音でも出そうな足取りでソファを離れる。それを見ていた灯希が小さく笑ってから、うん、と頷いた。 「その間に朝ごはん、作っておくよ」  いつもと変わらない灯希の言葉なのに巽は素直に頷けないまま、リビングを後にした。  洗面所で服を脱いで、そのままシャワーを浴びに行く。風呂場がほのかに暖かいのは灯希が先にシャワーを浴びたからだろう。巽が、朝一番の風呂場は夏でも寒い、なんて話してから、灯希はいつも先に浴びてくれるようになった。 「……そういうのでも気づけよ、おれ……」  何の感情もなしに甘やかす人なんかいないのだ。頭では分かっていたのに、いざ自分のことになると何も気づけない。とはいえ、甥っ子である灯希が自分に恋愛感情を向けているなんて、どうして想像が出来るだろう。  全く頭の中を整理できないまま、巽は熱いシャワーを頭から浴びてため息を吐いた。
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