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 昼の社員食堂でトレーを持って空席を探していた巽に、麻岡、と声を掛けたのは木南だった。新婚旅行はまた後日にしたという木南は、週が明けていつも通りに仕事をしていた。  自分だったらもっと二人で過ごしたいと思う。翌日の朝はゆっくり起きて、前日の余韻に浸るように引き出物の残りとかを摘まんで穏やかに過ごしたい、なんて思ってしまうのに、木南も高梨も巽よりはリアリストらしい。  巽はそんな木南のいる窓際のカウンター席へと向かい、木南の隣にトレーを置いた。 「週末大丈夫だった? あんなに酔ってる麻岡見るの初めてだったよ」  隣に座った巽に木南が笑う。それに対し、お見苦しいところをお見せして、と苦く笑った。 「おれもあんなに酔うつもりはなくて……嬉しかったんだよ、きっと」 「楽しい酒だったんなら良かったんだけど……てか、迎えに来てた若い子、誰?」  弟なんていたか? と木南が眉根を寄せる。木南にしてみたら、知らない若い男が巽を背負って店を出て行った事になっているのだろう。巽はそれに少し笑ってから、甥っ子だよ、と口を開いた。 「今大学生で、一緒に暮らしてるんだ」 「一緒に?」  巽の言葉に木南が怪訝な顔を向ける。そういえばこれまで木南に灯希のことは話した事がない気がする。巽が、そうだよ、と頷く。 「姉の息子なんだ。姉にも似ず、家事が出来て……ああ、華やかな感じは姉に似てるかな。二年前からおれが預かってることになってるけど、どっちかといえばおれが世話になってる」  姉もとてもキレイな顔立ちをしていて、昔からよくモテた。灯希の父親にも溺愛された末の結婚で、離婚の理由も『自分の息子にまで嫉妬する生活に疲れた』だったらしい。当時の巽は、そんな理由で離婚なんて、と義理の兄に呆れたが、今は結婚していた頃よりも自由で明るくなった姉を見ていると、離婚が全て不幸というわけではないのだなと思っている。  きっと灯希もその成長と共に母を助けることが増えて行ったからあんなに家のことが出来るのかもしれない。 「へえ、お姉さんの息子か……確かに麻岡が倒れた時以来、家には行ってないからな。甥っ子預かってるなんて知らなかったよ」 「おれも言わなかったからな。それに、その頃にはもう高梨さんと付き合い始めてたんだろ?」  結婚を考えるくらいだから、二年以上は付き合っていたのだろう。そうすると、そんな時期に巽のことなんか構っている余裕はないはずだ。 「いや……付き合い始めたのは半年前くらいで。結婚も実は半分ノリなんだよ」  木南は、はは、と笑っているが、仕事の上では同僚として互いを知っていたのだから、恋人になった時にも違和感なく付き合えていたのだろう。それを考えると、結婚までの流れはそんなに不自然ではない気がした。何より二人とも魅力ある人物だから、放っておいたらどこから横取りされるか分からない、なんて気持ちもあったのかもしれない。 「ノリでもなんでも幸せになれるならいいよ。今度新居に呼んでくれよ」 「もちろん。ウチで飲むのもいいかもな」 「邪魔じゃないか?」  木南の提案は嬉しいが、新婚の家に行って飲むなんてちょっと気が引ける。けれど木南は、平気だって、と笑う。 「麻岡ならいいって言うと思うよ。その時、その甥っ子くんも一緒に連れて来いよ」  高梨は優しいから、きっとそんな提案にも、いいよ、と言うだろう。それは想像できた。それでもここは社交辞令と思い、巽は、ありがとう、と笑った。 「機会があったらその時は」  巽の言葉に木南が、だったら今日は? と聞いた。どうやらさっきの言葉は本気だったらしい。とはいえ、今日の今日では灯希どころか巽だって難しい。一人暮らしの同期の家ではなく新婚の家に行くのだからそれなりに準備も必要だ。 「今日はさすがに……そもそも木南、この間結婚したばかりだろ」  今は二人の時間を楽しみたい時期ではないのか。木南も高梨もからりとした性格ではあるが、さすがにそこまで気にしないわけないだろう。 「それがさ、今日は向こうが実家戻って荷物片づけるとかで居ないんだよ」  あいつらしいっていえばあいつらしいんだけど、と木南が眉を下げて笑う。こんなふうに笑っているけれど実は寂しいのかもしれない、と察した巽は、だったら、と笑って口を開いた。 「家に行くのはまた今度にして、どこか飲みに行く?」  今は残業ない時期だし、と巽が提案する。すると木南の表情が嬉しそうに明るくなり、やった、と微笑んだ。やっぱり寂しかったようだ。 「行く行く。仕事終わったらメッセ送るよ」 「うん、エントランスで待ち合わせよう」  巽の言葉に、了解、と答えた木南が自身の腕時計に視線を落とす。 「そろそろ戻らないと」  何食べたいか考えておいて、と木南が席を立つ。巽はそれに頷いて木南を見送ってから、スマホを取り出した。 『今日夕飯食べて帰るから、おれの分は要らないよ』  そんなメッセージを灯希に送信する。  いつも夕飯を作ってくれているので家庭内業務連絡は欠かせないのだ。灯希からの、分かった、という返信とその画面に映る時計を見てから、巽はまだ半分ほどしか食べていない定食の残りを慌ててかきこんだ。
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