桜舞う頃に、彼には言えない話を

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「じゃあ、いいよ。弥生がここに住まわせてもらってると思ってたんなら、俺は、弥生にこの環境を提供してもらってたんだよ。家事もそうだけど、居心地いいこの空間を俺は弥生からもらってた。だから、俺らの関係は対等だったんだよ」  そこではっとする。私は対等な関係でいたいと彼に言われていたのに、いつもどこかで一歩引いて接していたことに。 「ここ半年くらいかな。弥生が一歩どころか二歩も三歩も後ろに引いてるのがずっと気になってたんだよな」  ここ半年で変わった気はしていないけれど、たしかに失業保険を貰うようになって仕事をしていないことを彼に言われるようになってからは後ろめたさが付いて回った。そのことを言っているのだろう。それは、私が我慢をしてしまう性格で、彼は不器用すぎて言葉にしない優しさもあってのすれ違いだったのだと気付いてしまった。気付いてしまっても、私にはもう後に引けない理由ができてしまっていた。  それから、私はもう別れるのだからと、とにかくため込んだものをすべて彼に話した。その度に返ってくるのは彼のだらしない部分もあったが、不器用な優しさがほとんどだった。  二年遠距離で付き合って、二年以上一緒に過ごして。それでも私たちには言葉がずっと足りていなかったのだ。こんなにも一緒に居て、どうでもいいことは山ほど話してきたくせに、言うべきことは何一つ言ってこなかったのだった。  傍から見ても、自分たちから見ても、レスさえ置いておけば私たちはとても仲の良いカップルだったと思う。ただ、彼に不快なことを言われないよう――たとえば仕事の話や失業保険の話を――言葉を選んで私が話していたことを除けば、本当に楽しい毎日だった。  彼はユーモアのある人で、毎日くだらないことを言っては私を笑わせてくれた。たまになんでもない日にケーキを買ってきてくれたりしたこともあった。私はもうこの生活が日常になりすぎて、夕飯のメニューを考えるたびに憂鬱な気持ちになったものだが、それでもいつも「美味い美味い」と彼はご飯を食べてくれたのだった。そんな普通の幸せを、私は手放すのかと思うと涙がこみ上げてくるのだった。
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