第六話 時計

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 早朝に立ち籠めていた霧も陽が高くなる頃にはすっかり晴れて、こちらにきて初めて見る青空が木々の大きな葉の隙間から覗いている。小魚の丸干しをしゃぶりながら次の指示を待つあかりは、日陰でじっとしゃがんでいた。横でキャラルが、あかりの持っていた空のペットボトルに水を入れて透かして見たり、メジャーを使って自分の杖の長さを測ったりしている。 ―― お魚は詳しくないけれど、これって煮干しに似てるかも。味も、歯に引っかかるとこもおんなじ感じ。  キャラルとの会話はまだできていない。だが、身振りや表情を加えればそれなりに伝わってくるし、イエスかノーを表す首振り動作も共有できている、とあかりは判断していた。 ―― 顔の配置や表情筋がよく似てるのは助かる。キャラルちゃん、可愛いから見てて飽きないし。トカゲのひと、ハミさんって言ったっけ。彼みたいにいろんなとこが違うと、どこに注目すればいいかわかんない。てか、向かい合ってるだけで食べられちゃいそうな気がして緊張するよ。  空き地では螺節(ラセツ)たちが地面に絵を描いてなにか相談している。斥候から戻ってきた真暮(マグレ)の話を聞いているようだ。 ―― 絵かぁ。もう一週間くらい描いてないなあ。一応リュックにはスケブも入れてあるけど、さすがにここで描き始めるのは変だし。  あかりの目は、木洩れ陽にきらめく螺節(ラセツ)の金髪を無意識に追っていた。昨夜の、まるで同人マンガのようなシーンが頭に浮かんできて、顔が紅くなるのがわかる。  あわてて目を逸らし、周囲の植生や、その先に見える青空と雲に意識を向けた。 ―― それにしてもここは、私たちの世界とよく似てる。最初は人外さんたちや聞いたことない言葉に囲まれて思考停止してたけど、こうやって陽射しや風や景色の中にいるとぜんぜん異世界って感じがしない。せいぜい言って、知らない外国ってレベル。  目線を横に移すと、キャラルと目が合った。にっこりと笑いかけてくる彼女の白髪から、子どもの手のひらほどの大きさで真横に突き出す先の尖った長い耳。 ―― いやいやいや。こんな耳のひとおらんし。トカゲみたいなひとも、熊みたいにでっかいひとも。あとライターもないのに素手で火を点けたりする魔法とか。  今朝の朝食のとき、霧が出てるあいだならという螺節(ラセツ)の許しを得て、キャラルがスープをつくった。そのときにあかりが目撃した技。こぶし大の石を組んだだけの即席の竈に置いた小さな軽石で、キャラルが火を熾してみせたのだ。白くてかわいらしい両手を石にかざし、なにやらぶつぶつとつぶやく。つぎの瞬間、軽石は点火したガスバーナーのように青く短い炎を噴き出した。 ―― あとで見せてもらったけど、石は普通の軽石だった。どこにでもありそうな火山性の粗面岩(トラカイト)。手に持ってもぜんぜん熱くならないし、まして燃え出すなんて、あり得ない。  やはりここは異世界と断定した方がよさそうだ、とあかりはうなずいた。その動作を不思議そうに見ていたらしいキャラルが、話しかけてきた。 「あかり、なにひとりで肯いてるの?」
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