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四月
「――――薫さーん。そっちじゃないっす。こっちこっち」
場所取ってた俺の前を素通りしていくリーマンに声を掛け、手を振った。
振り返る笑顔は安心した子供みたいにあどけないけど、ふらふら歩いて来る様子はどう見ても既に出来上がっている。
町田薫。
名前でよく女に間違えられるらしいけど見かけも華奢で整ってて、黙ってればお人形さんみたいな人なのに中身は全然違う。
「悪い悪い」
靴脱いでレジャーシートに上がりながら薫さんは言った。
「何時から来てたんだっけ?」
「10時」
「……えっと」
「朝の10時な。もう夜の10時だけど。ってか、アプリで連絡したっしょ」
「見てなかった」
はぁ、と俺は溜息をついた。
分かるけど。
年度初めの社畜がスマホ見る暇もないのは学生の俺でも分かるけども。
「忘れてるかもしれないから言っとくけど、花見行きたいって言い出したの薫さんっすからね」
「分かってる」
腰下ろしてスラックスで胡坐かくのを見ると、せっかくのセンタープレスが皺になりそうで俺が気になる。
「一昨年は就活、去年は研修で桜見る余裕もなかったから、今年は誰かとお花見したかった」
「誰か、ね」
「何」
「別に。つか、なんでわざわざ会社の花見とかぶる日にしたんすか」
「そりゃお前……嫌じゃん。職場の面子で花見行ったって面白くもないし酒もまずいし、せっかくの景色が台無し。だから、気心知れてる奴と来たかった。そんだけ」
「そっすか」
「そ。あ、これ差し入れな」
ってコンビニの袋をがさりと置く。
「どーも」
「お前なに飲んでたの?」
「お茶」
袋からビール出してたところに答えると、ぶは、と吹き出して笑う。
知り合って2年半経つけど、この人の笑いのツボはいまだに謎だ。
「おま、花見でお茶って……」
「だって、一応もう成人すけど学生がひとりでビール飲んでるのも絵面どうかと思って。お茶飲んでたら、あーあいつ場所取りさせられてんのかなーみたいに見えるかもって」
「別に学生かフリーターかなんてわかんないだろ。つか、そういう変なとこ気にするのがお前だよな。じゃ、ビール飲めよ。チューハイも買って来た。お疲れ」
って、勝手に缶ビール開けて飲み始める。
いや、こんだけ人待たせたんだから乾杯くらいしろよ……と思いながら、自分も飲み物取り出そうとして、中見て思った。
「つまみこれだけ?」
「十分じゃね?」
「えー……」
唐揚げチキン2個。焼き鳥2本。ポテチ1袋。
今時女の子二人だってもっと食うだろ。
「足りなかったら帰りどっか飲み行けばいいじゃん」
「……12時間ここで場所取りしてた俺の立場」
「はいはい。ご苦労ご苦労」
って本人はもう焼き鳥出して食ってるし。
「全然報われねえ……」
「あ。忘れてた。今さらだけど乾杯。あと誕生日おめ」
「……ども」
忘れてたって、乾杯と俺の誕生日どっちだ。
つか、両方だな。この人の場合。
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