八話 大変美味しゅうございました

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八話 大変美味しゅうございました

 百鬼が、あっという間に妖怪の群れを食い尽くしていくのを、依子は呆気に取られながら見ていた。  トンネルの前にいた、あの赤い服の幽霊に、百鬼がどう写っていたのかは謎だが、彼女の感は当たっていたようだ。 「ゲボォッ。はーー、お腹一杯です。大変美味しゅうございました。二、三匹逃しましたが、もう依子さんの脅威にはなりませんでしょう。どうですか、依子さん! あの軟派(ナンパ)なポイ捨て男より、私の方がお役に立つでしょう……ってあれ?」  美味しい食事を終え、依子の鉄壁となり、彼女を守り切ったと自負していた百鬼は、結果を出せた事に大いに喜び、感想を求めるかのように振り返った。  しかし依子は、黒い影が追ってくると怯えた和美達に、ズルズルと引き摺られるようにして、車に押し込まれていた。 「んもーーーー!」  百鬼はぷりぷりと怒りながら、急発進した車を追い掛ける。後部座席に押し込められた依子はひょっとすると、このまま百鬼を振り切って、逃げられるのではと、わずかな希望を抱いたが、トンッと屋根の上に何かが乗るような音がして、苦笑した。 (だよね……、分かっていたけれど) 「きゃああ! 今、車の上に何か乗ってくる音がしなかった? やだーー! お化け着いてきちゃった!」 「やばいやばい、おいっ……塩持ってきたからかけるぞ。悪霊退散、悪霊退散!」 「気のせい、気のせいだって、お前ら落ち着けよ!」  和美と、圭佑は車内でパニックになり、そこら中に塩をまいていた。なんとか良樹だけは冷静を保ち、運転をしてくれているのが救いだ。  依子は事故を起こさないか冷や冷やしながら、自分に振りかけられた塩を払う。  あれだけ霊感があるから、俺に任せておけと大口を叩いていた圭佑だったが、すっかり震え上がっているではないか。 (うーん、嘘つきな人とは、やっぱり、お付き合い出来ないわね)  そんな事を思っていると、車のルーフから、百鬼がにゅっと顔を出し、拗ねたように頬を膨らませている。 「依子さん、私を置いてくなんて酷いですよ。はて、この車なんだか塩だらけになっていますけれど、いかがなさいました?」 「…………」    ❖❖❖  あれから、車の中は完全にお通夜になってしまった。  肝試しの後は、ファミレスに寄って、皆でお茶をするという計画を立てていたのだが、あまりの恐怖にそれどころではなくなり、全員を良樹が家まで送り届けて、そのまま解散となってしまった。  依子としては、圭佑との仲をなんとかしようとしていた、幼馴染から逃れられたので、内心ホッとしている。 「いやぁ、ポイ捨て男が、あんなに青褪めるなんて、思いもしませんでしたね! あれだけ依子さんに格好悪いところを見せたんだから、さすがにもう、あの男も反省してちょっかいをかけないでしょう」 「それはどうかしら? 百鬼、ありがとう。あんな恐ろしい場所に連れて行かれて、無事に帰れたんだし、助かったわ。圭佑さん、悪い人じゃないけれど、恋人になるとか考えられないわ」  百鬼は、依子に脈がない事、そして褒められた事に喜んでいる様子だった。  玄関の扉を開けると、百鬼は依子の肩から、ひょこひょこ顔を覗かせ、その場で作詞作曲した鼻歌を歌いながら、ふわふわと階段の上を飛んで行く。 (百鬼ってなんていうか、凄く単純なのね)  どちらかというと都会寄りである実家は、本家と違い二階建ての狭い家で、自室は両親の寝室と隣り合っている。  母親にどこに行ってきたのか詮索されないように、部屋に滑り込むと、ガチャガチャと紐を引っ張り、電気をつけてパイプベッドの上に座った。  ファンシーなピンクの部屋に、可愛い小物、ぬいぐるみ、妖怪や民俗学の文献がズラッと並んだ本棚、壁には海外のロックスターのポスターが貼られていて、カオスな部屋だ。  しかし、その中で透明な机に正座する百鬼は群を抜いて異質な存在に見える。 「百鬼、ちょっと状況を整理するわね。貴方の力はちゃんと確認出来た。凄かったわ。本当に妖怪とか悪霊を食べるって事よね?」 「ええ! 主食は悪霊と妖怪ですよ。人間も食べられますが、依子さんに危害を加える者だけでございます。人間の場合ですね、私が食べますと、魂が抜けたようになって、数日後にぽっくり死にます。ご要望とあらば、あのポイ捨て男も食べて差し上げましょう。でも今は私もお腹一杯ですので、この札の下の邪視で」 「やめてやめて、人を殺すのはなし!」  危害というより自分が気に入らないだけな気もするが、下手に他人の愚痴を百鬼に言おうものなら、相手が殺されてしまいそうなので気を付けたい。百鬼は、ニコニコとチェシャ猫のように笑って正座している。  落ち着いてくると、民俗学や怪異が大好きな依子は、この不可思議な存在の背景(バックグラウンド)に興味が湧いてきた。 「まず、百鬼はこの数珠に呪物として宿っているけれど、同族を食べちゃう種族の妖怪なの? 百鬼みたいな存在は、沢山いるのかしら。貴方の生い立ちを知りたいわ」  百鬼は正座したまま、首をガクッと左右に揺らすと自分の顎に指を置く。 「どうでしょう? 人から妖怪になる者は多いので、いらっしゃるかもしれません。ほら、安珍清姫(あんちんきよひめ)様とか。あの方、一途でよろしいですよね」  確か、安珍という若い僧に一目惚れをした清姫が、再会の口約束を破った彼に激怒して、追い掛け回す話だった。最後は蛇の姿となって、恐怖のあまり鐘の中に隠れた安珍を、焼き殺すというものだった。  依子は人から妖怪、と言う言葉に引っ掛かり、百鬼に問い掛ける。 「百鬼は、人間だったの?」 「んふふ。依子さんが私めに興味を持って下さり、大変嬉しゅうございます! 世は戦国時代だったか、鎌倉時代だったか……室町……いや、はてはて? ともかく遠い昔に私は人を呪う事の出来る『邪視』という力を持って生まれました。長男ではなかったのですが、その力のお陰で、間引かれる事もなく、大事にされました。その代わり、お屋敷からは出られませんでしたが」    邪視、邪眼、魔眼、イービルアイ、呼び方は様々だが、世界中の民俗伝承にある特殊能力者だ。睨むだけで、人を不幸にしたり、呪ったりする事が出来るという。
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