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五話 お祓い、できません②
今夜泊まる部屋は、従姉妹達と遊んだ記憶がある。改めて見ると一人で泊まるには大きな客間だ。
ここに通された時に、小さな妖怪らしき存在がチョロチョロと視えていたのだが、今はその影も形もない。
もしかして、この百鬼がいるせいなのかと思わなくもなかったが、とりあえずお風呂の用意をする。
「いやぁ、昨今の日の本のお布団事情は変わりましたね! ふかふかです、ふかふか」
百鬼は、畳まれた布団の上で子供のようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。楽しそうでなによりだが、依子は自分の企みが彼にバレないか、ドキドキしていた。
「ね、ねぇ。このお屋敷に来た時に視えていた、小さい妖怪みたいなの、全然見当たらないんだけど、もしかしてそれも、貴方が全部食べたの?」
「ええ、全部食べました。小鬼の類から魍魎に至るまで。依子さんに憑いては困りますからね。いい塩梅の甘さで満足しました。でも少し食べすぎたかなぁ」
「……ここに居る妖怪に憑かれたのは貴方が初めてよ?」
依子はあまり悪さをしないなら、乱獲しすぎないようにと、やんわり百鬼注意をした。どういった理由で妖怪がこの世に発生するか分からないが、なんとなく百鬼一人だけで、周囲の妖怪の生態系を壊しそうな勢いである。
積まれた布団の上で、しゅんと反省した様子の百鬼を見ていると、電話の内線が鳴り、伯母にお風呂に入るようにと促された。
百鬼に留守番を頼み、長い廊下を歩くと、依子は風呂場と正反対の方へと小走りで向かい、黒電話まで辿り着く。
慌てて電話帳を巡り、従姉妹の神社に電話を掛けた。
『もしもし、雨宮神社です』
「もしもし、おばさん? 私、依子です。楓ちゃん居る?」
『あら、依ちゃん。お久しぶりねぇ、元気してるの? 楓ね、お風呂上がったところよ。待っててね。今呼んでくるわ』
依子は緊張しながら、黒電話の受話器を握りしめていた。暫くして、クールな女の子の声が聞こえる。
『もしもし、依ちゃん。なんだい、今日は美座の本家に、遺品整理しに行くって聞いてたけど』
「う、うん。ごめんね、本家で遺品整理を手伝ってたんだけど……。御札が貼られた変な木箱を見付けちゃったの。私、それをうっかり開けちゃったのよ」
『御札が貼られた変な木箱? なんだか嫌な予感がするね』
「うん、それで……」
プツン、ツーツー。
依子がその後の言葉を続けようとした瞬間、手首の黒曜石の数珠から、ニュッと白い腕が伸びてくると、人差し指で黒電話を切った。
依子は、それを唖然として見る。
そこからするすると、上半身だけ数珠から出てきた百鬼は、青褪めた顔を近づけ、恨めしげに言う。
「その電話機から、恐ろしい人間の気配がしました……。かなり力の強い術者だと思われます、ぶるぶる。依子さんは、絶対にその方に近寄ってはなりませんよ、従姉妹と言えど、何をされるか分かりません」
「な、百鬼……話を聞いていたの?」
「ええ、その数珠を通して依子さんの会話は筒抜けでございますよ。そんな事はどうでもいいのです。それよりも依子さんが一瞬でも、私を祓おうと思った事が悲しい……悲しいのです」
百鬼はそう言うと、メソメソしながら数珠の中に入っていく。部屋に居るから大丈夫だとばかり思っていたが、どうやら、この一度身に着けたら、絶対に取れない厄介な数珠越しに、会話が筒抜けになっていたようだ。
数珠越しに、しくしくと心底悲しそうに泣く百鬼に、依子は居心地が悪くなり、罪悪感が湧いた。
「そんなに泣かないでよ。楓ちゃんは良い子なんだから。も、もう分かった……祓ったりしないわ」
「やったー! もう絶対に騙し討ちはなしですよ?」
今のところは、と心の中で依子は呟く。
百鬼が数珠から顔を出すと、恐らく(御札で見えないが)目を輝かせているようだった。
なんとかして従姉妹と連絡をとりたいが、彼女が自分の状況に気付いてくれるより他はなさそうだ。依子は、ふぅと深い溜息をついた。
❖❖❖
依子は生まれて始めての衝撃的な体験のお陰で、無事に寝不足になってしまった。そんな中で昨日出来なかった残りの片付けをしたので、どっと疲労感で溜息をつく。
伯父夫婦に見送られ新幹線に乗り、地元のローカル線に乗り換えて、ようやく安堵する。
ふと百鬼を見ると、隣で物珍しそうに、外の景色を眺めていた。
彼にとって、人間の進化はどう写っているのだろう。ガタ、ガタと揺れるローカル線で、依子は興味深く思いを巡らせると、ふと声を掛けた。
「外の景色、そんなにおもしろいの?」
「ええ。外に出てお食事をした時もそう感じましたが、汽車に乗ると街の移り変わりが良く分かります」
日曜日の午後三時、この車両にいるのは自分と百鬼だけ。こうして外を、興味津々と見ている彼は無害そうに思える。今まで、妖怪やお化けらしきものと、まともにコミュニケーションをとった事がなかった。けれど、意外と彼らは人間と交流出来るのだろうか。
呪物と名乗る百鬼だが、話せば怖くなくなるかもしれない。
(そうだ。百鬼が昔の事を覚えていたら、民俗学の勉強になるかもしれないわ)
なんとなく依子は笑って、先日取り寄せた本を読み出した。
最寄り駅の二つ前まで来た時、ふと聞き慣れた声がして顔を上げる。
「あら、依子じゃない?」
「あ、和美。良樹さんも……こんにちは」
車両に入ってきたのは、幼馴染の和美とその彼氏だった。この駅には映画館があるし、大きな公園はデートスポットになっている。多くの恋人達が、人目をはばからずにいちゃいちゃしているらしい。依子は、テレビでそんな事を言っていたのを思い出した。
「こんにちは、美座さんは文学少女だね」
「そうそう、依子の勧める本は全部おもしろいのよね」
和美が、百鬼に重なるようにして座る。
「ちょっとちょっと、お嬢さん。ここは私の席なのに! 食べられたいのですか」
百鬼は嫌そうな顔をして口をへの字に曲げると、怒ったように抗議しシュルシュルとその場から退く。やはり、彼の存在は自分以外には視えていないようだ。
百鬼は依子の右側に座ると、カクッと首を直角に傾げ二人をじっとりと観察している。視えてないだろうが、依子は内心ハラハラした。
「また、読みたいジャンルのお話があったら教えて。探してみるから」
「いいわねぇ。そうだ依子。さっき話してたんだけど。良樹くんの友達と一緒に今度夜遊びに出掛けない? 夜景を見て少し冒険するだけよ」
依子はなんとなく嫌な予感がした。
ホラー好きな和美が両手で出してお願いする時は、霊感のある自分を『お化け探知機』として連れ、噂がある所に肝だめしに行きたいからだ。
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