七話 横恋慕はお断り②

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七話 横恋慕はお断り②

「それって、とっても危険な兆候じゃないかしら? 私も嫌な予感がするし、お化けが出る場所なんて行くのはやめて、普通に夜景が綺麗な場所をドライブしない?」  百鬼が殺気立っている事もあり、圭佑のいい加減な霊感に乗って、この肝試しを回避しようとした依子だったが、隣にいた厄介な用心棒が、クルッとこちらに顔を向けて首を傾げる。 「依子さん、再三(さいさん)申し上げますが、私が側にいればどんな場所でも安全ですので、ご安心下さい! どらいぶとやらが一体なんなのかは存じ上げませんが、この不埒(ふらち)なポイ捨て男より、私のほうが、断然依子さんの役に立つというのを、お見せ出来ますから。ぜひぜひ遠慮せずに行きましょう!」 「…………」  圭佑が居る事で、百鬼はおかしなライバル意識をむき出しにして、やる気を出しているようだ。それに依子の提案も虚しく、他の三人は笠根ダムに向かう事は、決定事項だと言って聞かない。 「でも……。遊び半分で行くなんて駄目だと思うの。私もこういうお化けが出る場所で、怖い目にあった事があるし」 「依子ってば、本当に怖がりよねぇ。もう引き返すなんて無理よ。ほら、笠根トンネルが見えてきたでしょ」  助手席から和美が振り返り、呆れたようにして言った。良樹も、圭佑も口々に笑いながら大丈夫だと言う。彼らは幽霊も妖怪もこの目で視た事がないから、お化けの存在を信じていないのだろう。  多数決で押し切られてしまったので、依子は諦めるしかなかった。もうすでに、笠根トンネルのほうからは嫌な気配が漂ってきている。 「あっ」  前方にぽっかりと口を開けたトンネルの入口に、赤いワンピースを着た、髪の長い女性の幽霊が立っていた。  他の三人は幽霊に気付かず、嘘か本当か分からないような、ここにまつわる噂話や、怖い話で盛り上がっている。 「あらら、あそこに視えるのは新鮮な(ヒト)ですねぇ。依子さん。あれはね、死にたてホヤホヤなので、甘酸っぱい木苺味なんです!」  カチカチ歯を鳴らして、嬉しそうに百鬼は説明した。そんな報告いらないわよ、と依子は心の中で突っ込んでしまったが、一番驚いたのは、顔を上げこちらを確認した霊の反応だ。  長い黒髪の隙間から視えた、無表情の顔がみるみるうちに恐怖に変わると、両手で口を押さえた。 『きゃああっ!』 「え」  赤いワンピースの女は、悲鳴を上げると飛び上がり、高速で右に移動して森の中を走り抜けて行った。百鬼は残念そうにへの字に口を曲げるとぼやく。 「あーあ。逃げちゃいましたか。まぁ、いいや。あの魂がここに戻って来て依子さんに悪さをする事は、もうないでしょうから。それより本命はこの先ですしね!」  依子は、百鬼の発言と目の前で起きた光景に少し疑問を感じた。どう考えてもさっきの幽霊は、百鬼を見た瞬間に恐怖に(おのの)き逃亡している。  彼は一体、他の怪異からどんな風に視えているのだろう。  百鬼は、依子の視線に気付くと、チェシャ猫のようにニヤリと口を釣り上げる。 「依ちゃん、さっきから変な声出してるけど大丈夫? 何か視えたのかい」  依子の反応が気になったのか、圭佑が話し掛けてくる。 「な……なんでもないわ。きっと見間違い。野生動物か何かよ」 「やだぁ、依子。本気で怖くなってきたじゃない。今度こそ、本当の霊現象に会えるんじゃない?」 「うぃーー! ゾクゾクしてきたなぁ。もうすぐトンネルを抜けるよ」  依子の発言が、前の二人に火をつけた。  ダムへ向かうトンネルの中を走る車はこの一台だけだ。それを良い事に、三人は大盛りあがりでトンネルの中で騒いでいる。  百鬼は、相変わらず無言のままチェシャ猫のような笑みを崩さず、自分の膝の上でソワソワと両指を動かしていた。 「じゃーん! これが噂の笠間ダムだ」  良樹が、声も高らかにそう宣言すると、暗闇の中にライトアップされた、笠間ダムがぼんやりと浮かび上がってくる。  幻想的に見えるが、ザアザアという巨大な水が流れる音は、そこに落ちれば、二度と浮かび上がっては来れないという、恐怖感を与えた。  この下には昔、村があったらしい。 「綺麗な所じゃない。本当にお化けなんて出るの? 圭佑くん、依子どう?」 「うーん……。俺は何かが集まって来る気配はするぜ」  全く、視えていないと百鬼に言い切られてしまった圭佑は、先を行く良樹と和美に向かい、神妙な顔で辺りをキョロキョロと見渡している。 「水の音が凄くて怖いけれど、私はっ……?」  依子は、何も感じなかったので正直にその事を伝えようと思ったが、急にゾワゾワと全身に悪寒が走る。ダムの下からたくさんの何かが這い上がって来るような気配がした。  大小の鬼や妖怪達が、ブワッと飛び上がってダムの道路に降り立つと、依子の前に居た二人が反応する。 「え、な、なんか黒い影視えない?」 「な……んだあれ」  良樹と和美には、妖怪や鬼が黒い影として視えているようだ。その発言に乗るようにして、圭佑が前方を指差す。 「き、きっとあれは多分、危険な幽霊の集団かな!」  圭佑はやはり視えていないのだろう、かなり曖昧な事を叫んだ。 「やだやだ怖いっ」 「うわぁ!」  パニックになった三人が、怯えながら後退して行き、硬直した依子が前に押し出される形になってしまう。  本家で視るような、無害な魍魎や小鬼などの妖怪の類とは異なり、この百鬼夜行には、敵意があるような気がして、依子は恐怖を感じた。 「やぁやぁ、皆の衆。待っていました!」  陽気な様子で百鬼が言うと、依子の後ろから、くるりと彼女の頭の上を一回転して前方に立ち、真横に両手をバッと広げる。 「な、百鬼?」 「依子さん、少々お下がり下さいませ」  百鬼が前に出てくると、妖怪達は一瞬動きを止めたが、こちらに向かって軍隊のように行列で襲い掛かってきた。すると、百鬼の頭が元の何倍もある、巨大な風船のように大きくなった。  真っ黒な口を、裂けるほど大きく開いて、素早く地面に向けてガバリと振り下ろし、丸呑みにする。  その様子にざわめき、悲鳴を上げて逃げ出す鬼や妖怪達を、百鬼は容赦なく、彼らを掃除機のように吸う。  さらに散り散りに逃げ惑い、道路の脇からダムに転がり落ちようとした妖怪を、百鬼は追い掛けて首根っこを掴むと、蛇のように丸呑みした。 「依子、早く!」 「え、ええ……でも」  パニックになっている人間よりも、百鬼夜行の妖怪達のほうが、可哀想なくらい大混乱している。その様子はまるで、魚の群れに飛び込んできたクジラのようだ。
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