調理器具

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 会社の先輩が料理好きで、今日は自宅に招かれることになった。  玄関先や、チラと窺える他の部屋は簡素なのに、キッチンだけは真反対で、大量の調理器具が置かれていた。  私が知っている物もあるけれど、使用方法がまるで判らない物がたくさんある。  その中に、調理に『それ』をどう使うのか、まったく判らない物があった。  どう見てもワイヤレスのイヤホンだ。てもここに置いてある以上、これも調理器具なんだろうか。あるいは単純に、普段使ってるイヤホンを置き忘れただけ? 「先輩、これも料理に使う器具なんですか?」  気になったので聞いてみると、先輩はこくりとうなずいた。  へぇ、こんな形の調理器具があるんだ。でも、どうやって使うんだろう。 「これ、どうやって使うんですか?」 「使い方は簡単よ。イヤホン部分は耳に入れるだけ。で、こっちを食材に刺すの」  言いながら先輩は、イヤホンの横に置かれていた、五センチ程度の針のような物をつまみ上げた。  イヤホン単体でなく、針とセットなのか。でも、イヤホンと針がセットって、ますます意味が判らない。 「それを食材に刺すとどうなるんですか?」 「それはね…」  唐突に、先輩が私の喉元に針を突き刺した。  驚いて悲鳴を上げたが声が出ない。というか、そもそも針が刺さっているのに痛くない。 「この針自体は、刺してもまったく痛くないの。その代わり、声が出ないでしょ?」  私にそう言いながら、先輩は自分の耳にイヤホンを差し込んだ。 「その針を刺し、イヤホンを入れたら準備OK。…この器具はね、食材を調理する時に上がる悲鳴を聞きたいけど、それが外部に漏れるのを防いでくれる、人間料理に欠かせない便利アイテムなの。  せっかく人間を調理するんだから、精一杯怯えて泣いたり喚いたりして欲しい。でもその声が外に漏れるのは困る。  その点をクリアした夢の調理器具。ホント、これを買ったことで、ますます料理が好きになったわ」  先輩の言っていることの意味が判らない。でもはっきりしていることがある。この人は、今から私を調理して食べる気だ。  上げた悲鳴。でも私の口からそれが溢れることはなかった。  代わりに、かすかに先輩の耳元から聞こえてきた自分自身の声。  いかにも楽しい。そんな顔で、包丁を手にした先輩が私に迫る。  ああ、ダメだ。私はもう助からない。そして、命尽きるまでの間、料理をする先輩をとことん楽しませる悲鳴を上げ続けるのだろう…。 調理器具…完
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