第五章 忌避

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「センセー、いる?」 「あら、影近くん。どうしたの?」 「いや……その余の体調が気になってさ」 カーテンの向こう側で荷物を纏めていた私に影近はまだ気づいていない様子だった。 私ももう大丈夫だよってすぐに出て行けば良かったのに……どうして息なんて潜めてしまったのだろう。 「少し顔色が優れないのが心配だけど、2限目からは授業に出られるんじゃないかしら」 「そっか。なら良かった。 あいつ、ひとりで頑張りすぎるところがあるからさ、見ててやんないと心配なんだよな」 「それはまあ。余さんのことよく気に掛けているのね、影近くんは」 「……まあな。ていうか、そもそも同じクラスだし」 「でもクラスメイトと言ってもたくさんいてるでしょう? いくら影近くんだって、そんな全員に気なんて掛けられないわ」 「……センセーってさ、もしかして性悪?」 「ふふ。それを言うなら、少しイジワルなキューピットって言ってほしいわ。ね――余さん?」 「!」 突然開けられたカーテンに私は身動きが取れなくなってしまった。 「ほーら。あと3分で2限目が始まってしまうわ。ふたりとも早く教室へ戻りなさい」 まるで追い出すようにして先生はその扉を閉めてしまった。 やだ、保健室に実穂がもうひとりいる?! お願いだから余計なことしないで、みんな。 こんなタイミングで追い出されたって気まずいだけなんだってば、ホントに! 「余、体調は大丈夫か?」 「あ……うん。もう平気」 「てか……さっきの全部聞こえてたよな?」 「え? なんのこと? 私は全然、なんにも聞こえていないけど?」 「……だから、それが逆に怪しいんだっての。余は頭いいのに、ホントにバカだよな」 ちょっとカチンときた。 「私がバカなら、あんたはもーっとバカになるんだけど。わかってる?」 「それはどうかな」 「なによ……その余裕な態度は」 「今回、結構本気出さないとヤバいと思うよ。余」 「えらく自信満々ね。何か勝算でもあるの?」 「だってそれは――……」 “俺にも譲れないもんがあるし” と影近は言った。その目は確かに本気だった。 「あ、チャイム鳴った! おいてくぞ、余!」 「ちょっと待ちなさいよ、影近! 全速力なんて反則なんだからー!」 だけど私はその手に自分の荷物がないことに気づいてしまった。 いつの間にか私から荷物を掻っ攫って影近は教室へと走った。その優しさに、彼の思いに胸が苦しくなってしまったのはどうしてなのだろう。素直に喜べないのはなんでなの――……?
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