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「あ、そうだ。あとこれ、渡しておかないと」
「私の……ハンカチ?」
「そう。さっき余さんを抱えたとき、ポケットから落としちゃって俺が持ったままだったんだ」
え? 今さらだけど……私、能代センパイにお姫様抱っこされたの? ねえ、そういうことだよね? ヤバイ、どうしよう、めっちゃ嬉しい……。
「じゃあ、俺はそろそろ部活に戻るから。余さんはくれぐれも安静にして、気をつけて帰ってね。
って、なんか俺が言うのもおかしな話なんだけど」
後髪を引かれるような表情に見えてしまったのは、つい先ほど垣間見た違和感のせいだろうか。
すべてを卒なくこなす能代センパイ。学生の本分を完璧に全うするその姿はみんなの憧れだった。
だからあんな顔をするなんて正直驚いた。センパイの心の機微に触れてしまったような気がして落ち着かない。
だけど、センパイだって一人の人間だ。完璧に見えていたって、悩みがなさそうに思われていたって、本当のところは本人にしかわからない。そう、これはもしかしたら私の考えすぎなのかもしれない。
だけど、センパイと二人で話せるこんな機会多分もう来ない。だから私は私の直感を信じてみたい、そう思った。
「あの……能代センパイ!」
廊下には誰もいなくてその声は思いの外遠くまで響いた。幸いにもその姿を確認し、もうすぐ角を曲がるであろう所でセンパイはその足を止めた。
「余さん、どうしたの?」
「あの、余計なお世話だと思うんですけど……そもそも私の見当違いかもしれないんですけど……」
「うん」
「話くらいは聞きますから!」
「――」
「あの悩みとか……。いいアドバイスはできるかわからないけど、その……」
直感を信じたはいいものの、結局着地点を見失った私はそれ以上なにも言えなくなってしまった。
「あの……ごめんなさい。やっぱり何でもないです。引き止めてしまってすみませんでした!」
ああ、穴があったら入りたい。それも深い穴に。
今さらじんじんと痛み出す顔面に手を添えた。だけど踵を返した私に能代センパイは優しく声をかけた。
「――やっぱり、余さんは優しいんだね」
やっぱり……?
だけど、そのとき私はその理由を聞き返すことができなかった。
悲しく微笑む能代センパイ。その心に踏み込んではいけない“壁”がはっきりと見えてしまったから。
「余さんの気持ち、嬉しかったよ。ありがとう」
「っ……」
知っている。このセリフは告白で断るときによく使われる常套句だ。
ありがとうって嬉しい言葉のはずなのにトゲのように鋭くなって胸に深く突き刺さってくる。
「――もしかしたら」
「……?」
「余さんのその言葉に甘える日が来るかもしれないけど」
「能代センパイ……」
「そのときはよろしく」
「はい……!」
そのあと能代センパイは柔らかく頬を綻ばせた。
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