03. 新たな苦難の始まり

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 ……はぁ。本当にみんなこの手の話が好きよね。婚約破棄したからにはこうして噂になるのは覚悟していたけれど、しばらくは続きそうだわ。 卒業パーティーからしばらく経つというのに、一向に沈静化する気配はない。 その一因に心当たりはある。 おそらく私に婚約者がいなくなったことで、貴族令息達が言い寄ってくるようになったからだ。 もちろん私は傷心中という(てい)なので、今はそれを全面に出してやんわり避け続けている。 だが、令嬢達にしてみれば、その状況そのものが面白くないのだろう。  ……なんでみんなそれほど容姿を重視するのかしら? 歳を重ねれば衰えるだけなのに。容姿だけで見初められて、格上の家に嫁ぐなんてごめんだわ。 私が望むのは、母の教え通り、身の丈に合った平穏な暮らしだ。 結婚したいとは全然思わないが、貴族に生まれたからにはそれも義務の一つだろう。 結婚しなければならないのなら、同じくらいの身分の人がいい。 その意味では、令嬢達が口々に言う「身の程を知れ」という台詞は至極もっともであり、私も深く共感するところだった。  ……さてと。せっかく一人になれたのだから、煩わしい噂のことは忘れていつも通りアレを始めようかしら。 私は手頃な切り株に腰をかけると、気持ちを切り替えながら、手に持っていた一冊の本のページを捲る。 一目で年季の入ったものだと分かる、使い込まれてクタクタになった本だ。 これはセイゲル語を学習するための参考書で、亡き母から譲り受けた遺品でもある。 商家の娘であった母は、同じく商家の跡取りである幼馴染の恋人と一緒に商業国家として知られるセイゲル共和国へ買い付けに行くことを夢見て、幼い頃から言語を独学で学んでいたそうだ。 私は母のように具体的な目的はないものの、15歳で母を亡くした後、なんとなくこの本を使って勉強をするようになった。 もしかしたら亡き母の面影を追い求めていたのかもしれない。 それに望まぬ婚約から現実逃避するのにちょうど良かったという側面もある。 二年以上が経った今では、セイゲル語を問題なく話せる程度まで習得しており、なかなかの成果を上げている。 『今日はとっても良い天気ね。やっぱり教室にいるよりここにいる方が落ち着くわ』 その学習方法といえば、このようにこの誰もいない庭でもっぱら独り言をつぶやくことだ。
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