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「盗み聞きするつもりはなかったんだ、ごめんね。最初はふと耳に飛び込んできたセイゲル語に興味を持っただけなんだけど、そのうち君の独り言自体が面白くなって、つい」
「…………」
「ああ、もちろんすべてを聞いていたわけではないよ? 僕が学園に用があって来た時に少しだけだから」
「…………」
勝手に盗み聞きしていたことに多少のバツの悪さは感じているのか、黙りこくった私に王太子殿下は言い訳じみたことを口走る。
とはいえ、それは私にとって何の救いにもならない。
聞かれていた事実は変わらず、今更取り消すこともできないのだ。
「話は変わるけど、婚約破棄の件はその後大丈夫だった? バッケルン公爵家がどこかの家と揉めているという話は聞かないから問題なさそうだとは思ってたけど」
盗み聞きの件をうやむやに流そうとしてか、ここで王太子殿下は突然話題を切り替えた。
証人になって頂いたという恩があるので、この件については尋ねられた以上無言を貫くわけにはいかない。
実際あの時の王太子殿下の手助けは非常に有用だったのだ。
「その節は本当にありがとうございました。王太子殿下が機転を効かせて証人となってくださったことで揉め事にはなりませんでした。また、私の家族にも円滑に理解を得ることができました。改めて御礼申し上げます」
これは嘘偽りない心からの御礼だった。
公爵家と縁ができると婚約を喜んでいた祖母と父に婚約破棄を納得させるにあたり、証人である王太子殿下の署名入りのあの書面は大変に役に立ったのだ。
王族の署名が入っているゆえに、覆らない決定事項であったため、思うところはあったのだろうが二人とも口煩く何かを私に言ってくることはなかった。
「そう、それなら良かった。また何か困ったことがあったら言ってね。僕で良ければ力になるよ」
「過分なお心遣いありがたく存じます。ですがご心配には及びません」
王太子殿下は相変わらずにこにこと親しげな笑みを向けてくる。
だから私はあえて殊更丁寧な態度を貫き、距離を置く。
たとえ困ったことがあっても絶対に王太子殿下には頼らないし、頼りたくない。
こんな雲の上のような存在の人とは、できるだけ関わり合いたくないのだから。
その時、校舎の方から予鈴が鳴り響く。
それにより私と王太子殿下の会話には終止符が打たれ、私は教室に戻るため歩みを速めた。
別れ際にまたしても王太子殿下から「またね」と告げられたことにより、私は心の内である決断を下す。
……お気に入りの場所だから残念ではあるけれど、王太子殿下が現れる以上、もう絶対にここには二度と来ない。今日みたいに王太子殿下に出くわしたくないもの。
ここにさえ来なければ大丈夫なはずだ。
独り言を聞かれていたことで、あのニコニコと笑顔を浮かべた掴みどころのない王太子殿下に私はますます苦手意識を募らせるのだった。
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