04. 退屈な日常の終わり(Sideフェリクス)

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我が国ではそもそも外国語を習得しようとする貴族は稀だ。 なぜなら我が国の言語が近隣諸国では主流であるため、学ぶ必要がないからだ。 加えて、貴族が他国へ行く機会など外交以外ではまずない。 セイゲル共和国は商業が発展しているため珍しい品も多く取り扱っているが、それらも欲しければ御用商人に頼めば取り寄せてくれる。 それゆえに、将来外交に携わりたいと考える貴族令息ならまだしも、令嬢がセイゲル語を学んでいることが不思議だった。 にわかに興味が沸いた僕は、思わず足を止めて令嬢の様子に意識を向ける。 よくよく見れば、その令嬢は驚くほど容姿が整っていた。 神秘的で儚げな印象を与える美貌で、森の中の庭にいると、まるで森の妖精のようだ。 王太子という立場柄、美しい令嬢は見慣れており、今更容姿だけで僕が女性に惹かれることはない。 ただ、こんな場所で令嬢が一人でセイゲル語を勉強しているという状況には非常に興味を惹かれた。 それからというものの、政務で学園に来るたびに僕は毎回その庭に立ち寄るようになった。 彼女は頻繁にこの場所へ来ているようで、僕が訪れる時のほとんどに姿を見せた。 彼女がすでに先にいることもあれば、後から来ることもある。 話し掛けるつもりはなかったので、彼女に気付かれないように僕は木の上で過ごすようになった。 そこから彼女の様子を見ているだけなのだが、それが実に面白い。 最初は単語をたどたどしくつぶやいていたセイゲル語は、次第に簡単な文章になり、二年経つ頃には流暢な独り言になっていた。 人の成長過程というものを間近で見させてもらったわけだが、とても興味深かった。 それに彼女の独り言の内容も愉快だ。 『あーもうお腹いっぱい! ローストビーフは本当に最高ね。いくらでも食べられるわ!』 『お父様には困ったものだわ。もう少し当主の自覚を持ってしっかりしてもらいたいものね』 『夜会に出席しなければいけないなんて……本当に憂鬱。仮病でも使おうかしら』 誰にも聞かれてないと思っているゆえに率直で何気ない感想や愚痴が飛び出す。 王族である僕の前ではみんなかしこまって話すから、このような取り繕っていない言葉を耳にするのは新鮮だった。
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