プロローグ

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「……ええ、分かっております。お二人の邪魔をするつもりはありません。私は身を引き、ギルバート様との婚約破棄を受け入れます」 シェイラはさも悲しげに瞳を揺らし、振り絞るように最後の言葉を紡いだ。 その姿は、婚約者の心変わりによって捨てられた哀れな令嬢そのものだ。 カトリーヌはその姿を目にし、にんまりと口元に弧を描いた。 自分より身分の低い下級貴族のシェイラが、上級貴族の中でも最も身分の高い公爵子息と婚約しているのがカトリーヌはずっと面白くなかった。 ギルバートは身分だけでなく見目も麗しく、社交界で人気を誇る存在だ。 普通は公爵子息となれば、同等の家柄である公爵家や侯爵家から婚約者は選ばれる。 それなのにその美貌でギルバートの婚約者の座を射止め、周囲から羨まれているシェイラが心底気に食わなかった。 だからそんなシェイラからギルバートを奪い、こうして親密さを見せつけている今この瞬間はカトリーヌの気分を最高に高揚させていた。 優越感が心を占領し、隠そうとしても隠しきれない笑みが浮かぶ。 だが、実はほくそ笑んでいるのはカトリーヌだけではなかった。  ……ふふっ。上手くいったわね。二年もかかったけれど、ようやく婚約破棄に辿り着いたわ。 突然の婚約破棄に心を傷めているはずのシェイラもまた、心の中で笑っていたのだ。 婚約者を奪われたのは予定通り。 シェイラにとって待ち望んだ瞬間だったのだ。  ……玉の輿だと周りからは羨ましがられるけれど、身の丈に合わない結婚なんて私は絶対に嫌。不幸なだけだわ。私は身の丈に合った平穏な生活を望むの。 婚約破棄をしっかり言葉で確認したことで本望を遂げたシェイラは悲しみに暮れるふりをして、その場を去ろうとする。 しかし、そこで思わぬことが起きた。 「その婚約破棄、バッケルン公爵家とアイゼヘルム子爵家が後から揉めないように僕が証人になってあげるよ」 当事者である三名しかいないはずのその場に、予期せぬ人物が現れたからだ。 さらりと揺れる金髪、吸い寄せられるようなコバルトブルーの瞳をした端正な顔立ちの青年だ。 そこにいるだけで見る者を惹きつける圧倒的な存在感を放つ。 「お、王太子殿下……⁉︎」 「なぜこちらに……⁉︎」 ギルバートとカトリーヌは驚きと共につぶやいた。 シェイラも予想外の出来事に目を見開く。 そんな三名を前にし、王太子フェリクスは婚約破棄というシリアスな場面とは場違いの、楽しそうな笑顔を浮かべるのだった。
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