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この頃には彼女がアイゼヘルム子爵家のシェイラ嬢だということは認識していた。
社交界にはめったに姿を見せないものの、その美貌でバッケルン公爵子息を虜にしデビュタント直後に婚約者となった幸運な令嬢として有名だったからだ。
無口で大人しい控えめな令嬢だと知られている。
だが、この独り言を聞いていれば、決して噂通りの性格ではないことが窺えた。
……もしかすると彼女も僕のように周囲の目を気にして、周囲の望む姿を演じているのかもね。
そう思えば彼女に親近感や共感を抱くとともに人柄にも興味が沸き、ますます彼女から目が離せなくなった。
それでも依然として声は掛けなかった。
人のいない場所で二人きりとなる状況は、婚約者のいる彼女のためにはならないだろうという判断だ。
だが、それが崩れる時がやってくる。
それは初めて彼女と巡り会った日から約二年が経ったある昼下がりのことだった。
王立学園の卒業パーティーを数週間後に控え、僕は生徒会との打合せで学園を訪れていた。
例の如く、打合せ後は庭に向かったのだが、この日はいつもと違うことが起きた。
そこにいたのが彼女だけではなかったのだ。
正確に言うならば、自分の婚約者と他の令嬢が口づけを交わしている場面に彼女が遭遇していた。
その上なんと婚約者から一方的に婚約破棄を告げられているではないか。
なんとなく後々揉め事に発展しそうな匂いを嗅ぎつけた僕は、意を決してその場に第三者として仲裁に入ることにした。
彼女がギルバートと婚約破棄するのなら、もうそういった彼女の外聞や体面を気にする必要もない。
僕が彼女と二人きりになろうが誰も文句を言う者はいないのだ。
だから仲裁を終えた後、さっそく彼女と会話を試みた。
王族である僕を前にして、彼女は丁寧な口調と態度で、まるでお手本のような型通りの応対をしてくる。
だが、僕は気がついた。
彼女が僕を冷めた目で見つめていることを。
こんな目を女性から向けられるのは初めてだ。
しかも話をしている際も、言葉は丁寧だが、「早くここからいなくなって欲しい」という心の声が聞こえてきそうだった。
どうやら僕は彼女に全く歓迎されていないらしい。
……やっぱり彼女は面白い。実際に接してみてますます興味を惹かれるなんてね。
楽しすぎて、自然と笑顔が浮かんだ。
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