悪魔の遊び

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悪魔の遊び

#1  住んでいる部屋を早急に出なくてはならなくなった。  数日前に大きな地震があり、ケガはなかったが、老朽化した僕たちのアパートは半壊状態になり、住むのは危険なので避難所に行くようにと。  ところが、僕は自社の一部上場の準備で寝る暇もない状態で、会社に住み込んで仕事したいくらいだった。  僕は同じ会社のサナと同棲していたが、地震の時、彼女は台湾に長期出張していて不在だった。台湾の任期も終え帰る間際のことだ。  サナに連絡して決めたことは、早期に新しい部屋を探すことだった。しかし、自分は忙し過ぎて探す時間がないと訴えると、サナは自分が探すから大丈夫と言ってくれた。  サナは同期入社で、イェール大学を首席で卒業した才女だから、最低限の希望条件を伝え、あとは完全に任せたのだ。  サナからは1週間も経たず連絡がきた。  高円寺の駅近のリフォーム物件に決めた、というものだった。相変わらず仕事が早いなと感心したが、高円寺という駅名に少し狼狽えた。好きな街に違いはないが、サナには言えない、過去があったからだ。  しかし、僕はとにかく忙しく、サナから来た物件の詳細や間取りのPDFも斜め読みしかしていなく、過去の出来事は過去の出来事だとたかをくくっていたのだ。  まさかそんなことになるとは、思いもせず。  引越しの日、日頃の寝不足から僕はトラックの助手席に座って爆睡し、目的地に着いてやっと目を覚ました。  ここですよね、というドライバーの言葉に、ぼんやりしたあたまで車の窓から外を見る。    白いおしゃれな外観の二階建てアパート。リフォーム物件とはいえ新築に見えた。  僕はトラックを降りる。  その時、まてよ、と思った。  アパートの周辺の景色に見覚えがあったからだ。  デジャブ?  アパートがある通り沿いには大きなイチョウの並木があり、向かいにはコンビニ。そしてアパート名が気になった。 「ハイツ ブルーリーブス・・・」  青い葉・・・青葉! 「嘘だろ・・・」  寝ぼけた頭が一気に覚醒した。  辺りを再び見る。そして、崖然とした。 「前に住んでいたアパートだ・・・!」  しかもここは、元カノの宮内カナと3年間、同棲していたアパートだったのだ。  高円寺と聞いた時、イヤな予感がしたが、まさか同じアパートになるなんて・・・そんな偶然あるだろうか。  当時、青葉荘はいかにも昭和っぽい外観で、駅近なのに家賃が断然安かった。   「リノベして名前も変えたのか・・・」  忙しさにかまけてサナからの物件情報もロクに読んでいなかったせいだと思ったが、もう後の祭りだ。  神様の悪戯・・・?  いや、悪魔の遊びに思えた。  僕は引越し屋から受け取ったアパートの詳細を改めて見る。   「205号室・・・前は確か、204号室だった」  ということは、隣の部屋。また同じ部屋でなくてせめてよかったかと一瞬思ったが、まてよと思った。  もしまだカナが住んでいたら・・・。  そう思ったら、胃がギュッと縮んだ。    元カノの隣の部屋に別の女性と引越しして来る男なんていない。  もしまだカナが住んでいて出会ったら、僕はどんな顔をすればいい。  しかも、別れ方が良くなかった。 「もう5年も前の話しだ。いま住んでいるとしたら8年住んでいることになる。とっくに引越ししている」  そう自分を無理矢理、納得させる。  背後から引越し屋の男の声がした。 「荷物運びますから、先に行って鍵開けといてください」  僕は部屋の鍵を握りしめ、勝手知ったる階段を、重い足取りで、一歩一歩上がった。
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