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キヨラの目が吊り上がる。
それから一日中、私とキヨラは上の段の取り合いをして取っ組み合った。
私のほうが少しキヨラより体格が大きいので、優勢だった。何十回か、私はキヨラを下の段に押し込んでは、逆襲してくるキヨラを返り討ちにし続けた。
やがて、部屋のドアの下の隙間から光が消え、夜になったのだなと思った時、そのドアが開いた。
私はキヨラを下の段にひときわ強く押し込み、素早く上の段に上がった。
いつもよりも黒服の人数が多く、六人いる。
やっぱり外は夜だった。
二週間前と同じだ。出荷の時の人数だ。
「ま、待って」と、下の段に押し込まれたキヨラが慌てる。「私のほうが後から来たんです。上の子のほうが先なの」
黒服たちは、そんなキヨラに目もくれなかった。
のしのしと部屋に上がってくる。
そして押入れの前に立つと、二人がかりで、上の段にいた私を抱え上げた。
キヨラが、「……え?」とつぶやくのが聞こえた。
私は笑って言った。
「キヨラ。出荷されるのは、上の段の子供だ。入ってきた順番とかには関係なく、こいつらはただ黙々と上の段の子供を運んでいく。私も、前の子からそう聞いただけだけどな。まあ、かがまなくても捕まえやすいからとか、そんな理由じゃないか」
キヨラはあっけにとられたまま、ポカンとした顔で下の段の中に座り込んでいた。
私は、一ヶ月間だけの我が家をくるりと見回して、少しだけ懐かしむ。古くて汚くて変なにおいがした。
これからどんなところにいくんだろう。
前の子は、「ここを出る時、本当の地獄が始まるらしいよ。でももう、ここにいるのは疲れた」と言っていた。あの子は、今どこでどうしているんだろう。
アパートの外に出ると、私は一人の黒服の肩に、腹ばいになって担がれた。
ドアが閉められ、外から鍵がかけられる。
さよなら、キヨラ。最後の一瞬、あぜんとした彼女の顔が見えた。ちょっと笑えた。
本当は、キヨラを騙そうとした。
適当なところで上の段を譲り、出荷させてやろうとした。
でも、彼女には、私と違って名前をつけてくれた親がいて、その親と一緒に過ごした家と楽しい思い出があるんだと思うと、どうしてもできなくなった。
下の段の子から出荷されると思い込むなんて、あいつもたいがい穴だらけの推理をひねり出したもんだな。
おまけに私の下手な芝居に騙されやがって。
やっぱり、私のほうがお前より頭いいぞ。見たか。仲がよくない人間の幸せをも祈れるのが、知能ってものだ。
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