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次の日から、私は驚きの連続だった。
キヨラは、なんと、字が書けた。
部屋の隅に転がっていた鉛筆で、ひらがなやカタカナ、漢字まで、柱にかけられたカレンダーの裏の白地に得意げに書きつけていった。
カレンダーは、柱に刺した画鋲に、黒い紐でくくりつけられている。
押入れから出ているところを黒服に見つかるとひどい目に遭わされるというのに、ぼろぼろの畳の上で、キヨラは何十個もの文字を書いてから、ふふんと鼻を鳴らしてカレンダーを柱に戻した。
「……あなたって、本当に、字が書けないの?」とキヨラは私に言った。
「な、なめんなよ。ひらがなとカタカナは読めるぞ」
「……じゃあ、計算とかは? 九九とか」
「ああ、コンピュータ? があればできるんだろ。知らんけど」
キヨラが、しばらく動きを止めた。
「おーい、キヨラ? どうした?」
「……あなたって、なにがどうなってここにいるわけ?」
「私か? 物心ついた時には一人で路上生活してて、六歳(推定)くらいからはスリとかっぱらいで生計を立ててた」
「字は書けないのに、そういう言葉は普通に使えるのね……」
「同じこと何度も聞かれるから覚えたよ。で、この間、なんか怖そうな男の群れにスリやったら、捕まってぶん殴られて、気がついたらここにいた」
「相手くらい選びなさいよ……いや、スリがもういけないんだけど……」
キヨラがため息をついた。
さて、どうも、これはまずいなと私は思い始めた。
キヨラは読み書きができる。特に「書き」は大きい。
もしかしたら、私よりも頭がいいのではないか。
そうすると、先輩なのに、私はなめられてしまうかもしれない。
いや、現になめられかけている。
私は焦りだした。
「そ、そういうお前、キヨラこそ、なんでここに来たんだ? お前が後から来たということは、つまり、私のほうが先輩なわけだが」
「分からない。……でも、パパがなにか、お仕事で良くないことになったのだけは分かる。ママも泣いてたし。……ていうかなに、後半の先輩アピール」
キアラが冷たく半目になった。
くっ。
見透かされているというのか。
ならば。
「ふ、ふふふふ。私が先輩なのは本当だろう。お前よりも二週間早くここにいるんだ、その分、お前よりも顔が広いぞ」
キョラが身を乗り出した。
「え、あの、あたしを拉致してきた黒服たちに顔がきくってこと?」
「そんなわけないだろう。人間相手にきく顔なんて私が持てるはずがない」
「……ああそう。じゃ、なに?」
「あれだっ!」私は、部屋の隅をびしりと指さした。
「あれ? ってどれ?」
ああもう、まったく。
私は、自分が指さした部屋の角へどすどすと歩いていく。
そこには、ひょろりとした長い尻尾を持つ、黒い友達が壁にへばりついていた。
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