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「見ろ、ここにいるヤモリのモグコを! 私の唯一の友達だ! どこに出かけて行っても、必ず私のもと――というか押入れの中に戻ってくるんだぞ! かわいいだろ!」
「……うん……かわいいわね……」
「そうだろうそうだろう!」
「うん、うん、ごめんなさい、あたし、言い過ぎたみたいで……」
キヨラが、昔見かけた、路地裏でお腹を空かせてとぼとぼ歩く犬を見守るホームレスと同じ目で私を見ている。
言葉では謝られているのに、なぜか、みじめで腹立たしい気持ちになった。
「わ、分かってきたみたいだなあ! じゃ、今日はもう寝るか!」
私はいそいそと押入れの上の段に上がった。
「え、もう夜?」
「たぶん!」
アパートの窓や壁は、板や紙でふさがれていて、外の明るさがあまり分からない。部屋の電気はつけさせてもらえない。
ドアの下に少し、小指くらいの幅だけ隙間が空いているところがあって、そこからかろうじて昼か夜かくらいは分かる。
私は薄い毛布を肩までかけて、あくびを一つした。
上の段の寝心地は、下とは比べ物にならないくらい、上々だった。
ふと、下の段から、「ママ、パパ……私は……いいところの子なのに……」という涙声が聞こえた。
キヨラの寝言らしい。
それを聞いた私は、むかついて仕方がなかった。
■
キヨラが来てから、あっという間に、一週間ほどが過ぎた。
その日キヨラは、押入れの上の段で寝転がっていた私を覗き込んできた。
「ねえ、あなた。あたし訊きたいことがあるんだけど」
「なんだよ、キヨラ。この部屋から脱出ならできないぞ」
キヨラがのけぞる。
「なっ!? なんで分かったの!?」
「分かるって、そりゃ」
ここのところキヨラは、窓やドアの隙間から、なんとか外へ出られないかとチャレンジを続けていた。
部屋のドアはいつも外から鍵がかけられていて、私たちは出られない。内側と外側に鍵穴があり、鍵がないとどっちからも開けられないタイプのドアだった。
一日に二度、ご飯を持ってくる黒服の大人は、たいていニ三人で行動している。なかなか出し抜ける気はしない。
私たちのご飯は食パンやバナナだったのでナイフやフォークは手に入らないし、鉛筆では窓もドアもこじ開けられない。
ちなみに、パンは少しちぎって服のポケットに入れてとっておき、モグコに分けてやったりもしている。喜んでいるかどうかは分からないけど。
「あたしもう、思いつく限りの脱出方法を試したんだけど、トイレやお風呂場からも出られないわね……」
「そーだな。キヨラが出られるもんなら、私がとっくに出てるよ」
「うん……。ねえ、あなた。今日、押入れの上の段替わってくれない?」
いきなりそう言われたので、驚いて体を起こし、頭を天井にぶつけかけた。
「なに言ってんだ! 絶対に譲らないぞ! 私が上で、キヨラ、お前が下だ!」
「前から思ってたんだけど……上とか下に、こだわり過ぎじゃない?」
毛布をかき抱いてあぐらをかく私に、キヨラが冷たいまなざしを向けてくる。
「上が寝やすいんだ!」
「そりゃそうだろうけど……。まあいいわ。言っとくけどあたし、いつまでもこんなところで捕まってるつもりないから」
「おお。というと?」
「出て行くわ。なんとかして」
私は、ごろんと横になった。
毛布からホコリの匂いがする。
「そうだな。出て行けるよ、お前は」
「なに、あなたが保証してくれるの」
「ホショウってのがなんなのかは知らないけど、間違いなく、お前は出て行ける」
「……ふうん? それはどうも」
そうだ、お前は出て行ける。間違いなく。
私が、そうしてやるぞ。ありがたく思え。
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