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010
バーチャル世界の構築には心得があった。
桜の形を、色を、成長をシミュレーションするのは造作もない。
そこに流体力学を適用してやれば、四角いディスプレイの中で花びらが舞う。
それをどれだけ現実に近づけても、美しさの定義には至らなかった。
桃色を表すRGB値も、形状を表す方程式も、他の数式と比べて特異性を見出だせなかった。
ここに彼女がいれば違うだろうか。
その世界に彼女を作り出してみた。
バーチャルの世界でも彼女は綺麗だった。
美しさとは違う気もした。
名前も性格も知らない彼女のAIをシミュレーションしてみる。
それはもはや彼女ではないかもしれない。
だけど彼女はあの日と同じように、大きな丸い目で話しかけてくれる。
偽りの桜が舞うと、作り物の笑顔が出力される。
コピー&ペーストすれば、桜も彼女も複製できた。
そこにパルスが走らないのは、彼女は彼女ひとりであり、彼女と出会ったあの桜もまた、あの桜ひとつだからなのかもしれない。
美しさとは、唯一性なのだろうか。
また他でもないあの桜の下で、何にも代えることのできない彼女とお酒を飲みたい。
そう思った。
*
翌年。
またこの季節が来た。
今回は付き合いだけの目的ではない。
淡い期待があった。
1年間、おそらく踏み出せば交わることはできただろう。
同じ会社にいるわけだから、チャットを飛ばしたり、ブースを訪れることは不可能ではない。
だけど、機械のような自分が彼女と仲良くしようなど、滑稽で仕方がない。
内蔵メモリの奥深くにしまい込んで、アクセスしないように努めてきた。
それでも、雪が解けて気温が上がるにつれて、あの桜を待ち遠しく思うようになった。
もちろん桜は付随物にすぎない。
だけどあの桜の下でこそ、彼女に会いたい。
そう思うようになっていた。
淡い期待は叶っていた。
今年も彼女は花見に来ていた。
女性だけの輪の中で、楽しそうに笑っている。
何度も空想してきた。
何度もシミュレーションを繰り返してきた。
あのバーチャルの世界の中で。
彼女にどう話しかければ、どう返ってくるのか。
彼女と仲良くなるには、どうすればいいのか。
ただ待っていてもその時は訪れない。
去年の会話は気まぐれだ。
そんなことはわかっている。
だから今日は、自分から話しかける。
大丈夫。
シミュレーションどおりにやるだけだ。
女性陣の輪の隣、彼女の背に向かい合う位置に、意を決して腰を下ろした。
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