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011
「お久しぶりです」
そう声をかけると彼女が振り返る。
「あ、お久しぶりです」
覚えていてくれた彼女が、去年と変わらない笑顔を向ける。
計算された軌道で花びらが舞うと、彼女が言った。
「きれいですね」
あなたのほうが、なんてありきたりな台詞が言えるはずもなく、嘘をつくこともできず、ただ黙ることしかできなかった。
「お仕事大変じゃないですか?」
彼女はやはり美しかった。
姿形だけではなく。心が。
「ええ、まあ」
そんな曖昧な返事に対しても、彼女は笑って応えてくれる。
気がつけば日が傾きはじめていた。
彼女との時間はあっという間に過ぎていく。
沈黙の一時もあったが、それすらも愛おしく感じた。
「それじゃあ、また」
彼女が言った。
「ええ、また」
不明瞭な約束ではあるが、自分にはこれで十分だった。
桜の幹のRGB値が変わる。
これもまた人が美しいと感じる色合いなのだろう。
彼女も美しいと思うだろうか。
彼女のことをもっと知りたい。
彼女が感じる"美しさ"とはなんだろうか。
0と1の世界では"美しさ"を定義できない。
自分には共感できない。
美しさを知るために、彼女を知るために、データを集める必要がある。
ウェブ上に存在するいろんな画像をかき集めた。
それを順に表示して、ただ「美しい」かどうかを選択するだけのアプリを作った。
次に会ったときに。
会うのは桜の下でと決めていた。
それだけですでに、来年の春が待ち遠しくなった。
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