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 絵に描いたように咲き誇る桜の下。  約束どおり彼女と対面する。  会おうと思えばいつでも会えたのに。  シミュレーションを高速に回せば、秋にだって桜を咲かせられたのに。  そうはしなかった。  年に一度。限られた時間の中で。  その特別感こそが花見の醍醐味であると今は理解できた。 「お久しぶりです」  またその言葉から始める。  自分でも驚くほどに、もう慣れたものだった。  会話はそこそこに、さっそくデータ収集を開始する。 「各画像が美しいかどうか、はいかいいえで答えていただきたくて」  彼女は不思議そうな顔をしながら、頷いた。 「いいですよ」  ひとつずつ画像を提示する。  はい、いいえ、はい、はい……。  淡々と進むテスト。  端から見たら異様な光景に見えるだろうが、誰が見てるわけでもない。  2人だけの時間。2人だけの空間。  すべてに答え終わると、分析結果が出る。  しかし、彼女が"美しい"とするものの幅があまりにも広すぎて、特徴量を抽出できない。  やっぱり美しさを定式化することはできなかった。 「困りました」  苦く笑うと、彼女は甘く微笑んだ。 「おもしろい人ですね」  その瞬間、また新しい回路への信号が灯るのを感じた。  CPUをフルに回して思考する。  この人といつまでも一緒にいたい。  生涯隣で座っていたい。  叶うことのない夢だと思っていた。  手を伸ばすべきではない空想だと思っていた。  けれど。  もう、彼女なしでは生きられない。  こんなことに意味なんてあるだろうか。  だけど気づけば口にしていた。 「結婚してください」  訪れる静寂。  揺れる花びら。  彼女の思考の音さえ聞こえるようだった。 「まずはお付き合いからでお願いします」  思ってもみない返事だった。  自分の脳では弾き出せない答えだった。  これだからこの世界はおもしろい。  曖昧な美しさの象徴たる花が祝福する中、彼女との関係がまたひとつ繰り上がった。
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