1st:春爛漫の日陰

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1st:春爛漫の日陰

パサッ…パサッ… 春爛漫の日陰。桜並木から少し離れた公園のベンチは閑散としている。 綺麗なロングストレートの髪に櫛を通しながら、僕は少しずつ鋏を入れていった。 幼馴染みの日向子に「勿体無いのにね」と声を掛けてしまうのは、失恋を終わらせた先に待つ新しい恋の中にというモヤモヤする気持ちが微かに混ざっているからだ。 恋の決別のために綺麗になる。 身綺麗になったら新しい恋を始める。 日向子の気持ちはわかるけれど、どこかの誰かに気に入ってもらうために日向子を綺麗にするのは……ほら、ちょっとだけズキンと胸が痛む。 「勿体無くなんかないよ。元カレにバッサリ振られたんだから」 「……そう。じゃあこれでおしまい」 パサッ 最後の毛先を払い落として鋏をウェストポーチにしまった。 何度目の失恋のお片付けだったのかはもう忘れてしまった。日向子も僕も。 ただ、失恋する数だけ日向子は綺麗になろうとして、僕はそんな日向子を綺麗にした。 「わー。短くしても可愛い! 持つべきはヘアメイクアップアーティストの幼馴染みだね。今回もありがとう」 「次回はない」 「わ、わかってるよぉ!!」 いつまでも引き摺る初恋も今回までで次回は無し。 べぇっと舌を出して「一緒にジュース飲もう?お礼するよ」と自販機に向かっていく日向子の背中を眺めた。 桜並木から花弁が風と人に運ばれて来るから、地面はピンク色の絨毯だ。色を選び、桜が地面をメイクアップして地面は桜と共に笑んでいるかのよう。 惹かれる先に、もしも恋があるなら…… 綺麗にしてあげたい人が僕に笑んでくれるといいな。 ーー背中ばかりを眺めていないで。 新しい恋を見つけなきゃならないのは僕だ。 僕自身が綺麗になるには、どうすればいいのだろう。
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