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「ロチさん、グランツ魔術学校特殊寮へようこそ。私はここの管理を任されています、ジェーンと申します。どうぞお上がりください。ご案内します。」
「ではロチ、ここで別れよう。私は学長に挨拶して自分の方の用事を済ませる。」
レツは山羊と共に自分の荷物を持って、さっさと行ってしまった。寮の玄関にはロチとジェーンしかいなくなってしまった。ロチはただ荷物と残されるだけだった。
「ロチさん、寮内をご案内します。」
ジェーンの言葉のまま部屋まで案内された。部屋は二人部屋で既に片方のベッドは使われているようで、部屋は二人だけにしては広く、ベッドも大きいものだった。ベッドは寝台だけではなく、机やクローゼット、タンスも兼ね備えており一日中ベッドから離れなくても良いような機能を持っていた。
「ここがロチさんのお部屋です。ルームメイトのドラクレアさんとの相部屋となります。女子の寮生はあなたとその方のみです。」
ロチは荷物のことも忘れ、只その部屋を見た。今までの畳の香りもしない、木で出来ているはずなのに無機質にも感じる空間がロチを囲み、威圧する。そんなロチをジェーンは無言で見詰めた。ロチはジェーンの視線を感じ、ベッドの傍に荷物を置いた。
「それでは施設をご案内します。」
階段を降りてまず向かったのは食堂だった。食堂は三十人分ほどの席が長机に沿って並び、天井からは光を僅かに反射する照明が下がっていた。
「ここはこの寮の食堂です。男女併せて三十人程の収容を想定しております。今は三人しか入っていないため、少し広いですが……。」
ロチが初めて目に入れるものを必死に追おうとしている中でも、ジェーンは淡々と案内した。食堂を出て反対側にある共有スペース、嗅いだことのない香りに包まれた空間で大きな柔らかいイス、そこにある枕に似たもの、たくさんの西の本。共有スペースの隣の自習室、地下の大浴場に給湯室、各階の共用トイレ、全てが慣れないものばかりだった。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。初めて見るものを頭の中で整理しようにも、色々なことが起こりすぎた。ロチの頭に浮かんだのは、レツだった。何故いきなり自分を置いて行ってしまったのだろうか。あの家でも、道中でも、列車の中でも、レツの背中、煙管の香り、声、全てがいつも当たり前のように感じていた。だが、この寮に入ってからは違う。ジェーンという女性、あの冷たく透けた女性は淡々としていた。レツの暖かみのある声、煙管の香りはどこにも無い。只それだけだった。ロチは静かに目を閉じ、目の奥の熱を覆った。
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