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気付くとそこは朝のざわめきに満ちた校門だった。不思議な小路も少年の姿も無い。立ち尽くす私に、煩い位元気いっぱいの声がかけられた。
「オハヨ!」
皐月。そしてその隣には弥生。私はびしょ濡れで怪我している姿を見られたくなく、振り返れなかった。けれど。
「あれっ!?」
制服は少しも濡れていないし怪我一つない。なんで?
「どうかした?」と覗き込んでくる皐月。甘い空気が漂う。弥生はといえば、何故か傘を逆さに持っていた。先端の短い部分を器用に掴んで。
「……何で逆さにしてるの?」
「ん? アメなんだから当たり前だろ」
妙なイントネーション。私は自分の頭や肩を打つソレを手に取った。……確かに飴だ。ご丁寧にキャンディ包みになっている。周りの生徒達も弥生と同様に傘を逆さにして、誰が一番多くゲットできるか競っていた。甘い空気の正体はこれだったのか。
「何で飴が?」
「春先って突然降ったりするから大変だよね!」
皐月がポカンと開いた私の口に飴を放り込んでくる。甘酸っぱいレモン味だ。
「さっ! クラス替え発表見に行こ! 今年も三人一緒だったらいいね!」
「そうだね」と私の口が利口ぶる。結局皐月の望み通り、私達は同じクラスになった。
休み明けの教室は清掃用ワックスのにおいがする。身の回りに起きた不思議な事について考えていたら、いつの間にか始業式は終わり一限目が始まっていた。
「春休みの宿題、後ろから集めるぞー」
(あー……すっかり忘れてた)
皐月と弥生の事で頭がいっぱいで、宿題どころではなかったのだ。どうしよう? この数学教師は嫌味で短気、一言で言えば最悪な奴。絶対これみよがしに怒鳴られる。案の定、目敏い教師は私の名を呼んだ。
「おい、まさか忘れたんじゃないだろうな?」
(最悪~! 怪我みたいに宿題も無かったことになればいいのに)
『じゃあ嘘にしちゃおうよ』
耳元で甘く囁く、姿の無い誰か。その声には悪魔じみた響きがあり私はゾクリとした。
そして私の口が操られるように、勝手にそれを紡ぐ。
「宿題なんて――初めからありませんでしたよ?」
「はあ? 何をふざけて……」
教師の表情がスッと消える。次の瞬間、彼は受け取ったプリントをバッと両手で放り捨てていた。
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