【四月一日(わたぬき)の嘘】

6/9
前へ
/9ページ
次へ
 ――やってしまった。  教室に戻った弥生の皐月に対する態度はあからさまに冷たいものに変わり、理由の分からない皐月は狼狽(うろた)えるばかり。まさかとは思ったが、私の言葉が弥生の皐月に対する想いを嘘にしてしまったのだ。 「私、何かしちゃったかなあ」  お昼休み。皐月は弁当も広げず机に項垂れる。彼女を慰める資格などない私がその頭を撫でると、皐月は大きな目に涙をいっぱい溜めて私を見上げた。心が、重い。自分の都合で皐月を悲しませていることへの罪悪感が私を苛む。 『なんで? 別にこれでいいじゃない』とワタヌキじみた私が囁いた。どうせ私の嘘に負ける程度の想いだったってことでしょ? あとは皐月の恋心を書き換えるだけ。そうすれば彼女も私も苦しまずに済む。  なのに私はどうしてもそれが出来なかった。  昼休みが終わりすごすご席に戻る皐月。それを複雑な気持ちで眺めていると…… 「ハイハイ皆さーん! 五時限目は道徳の時間としますっ」  教室に飛び込んできた少年。それは紛れもなくワタヌキなのだが、着物ではなく灰色のスーツをお堅く着込んでいた。何故か眼鏡までかけている。唖然とする私の横で佐藤さんが「せんせー、道徳なんて時間割に無いけど?」と言った。せ、先生? 「無くてもやっちゃうんです。先生、自由だから」  ワタヌキ先生はニコニコだ。私はドキドキする。妖怪の授業って何だろう?『皆さんには殺し合いをしてもらいます!』とか言い始めたらどうしよう。 「さあ。これから皆さんには――ディベートをしてもらいます」 (はい?)  ディベートとは、特定の論題に対して肯定と否定の立場に別れ、議論すること。ワタヌキは黒板に大きく議題を書いた。  “嘘をついてはいけないのか?” 「何それ小学生みたい」と誰かが馬鹿にする。 「人間の根本なんてそう変わりはしませんよ。それに、君達の中にはこれに悩んでいる子も居るみたいですからね」とワタヌキ。その目は私を見ていた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加