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ワタヌキの独断により私と弥生は『嘘をついていい』側に、皐月は『嘘をついてはいけない』側に分けられた。まずは相手側の立論から始まる。
「僕達は嘘をついてはいけないと考えます。嘘は信頼を失わせ、人々の関係を壊す可能性があるからです。正直さや誠実さといった美徳も損ないます」
「しかし、嘘は時に必要な場合もありますよね? 例えば、対人関係を守る為に嘘をつくこともあると思いますが、それもいけないのでしょうか?」
弥生による否定側質疑。すると、彼に対してモヤモヤを抱えていた皐月が勢いよく立ち上がった。
「どんな嘘でも嘘は駄目だと思います! だって人を傷付けるから!」
彼女の幼稚ともいえる真っ直ぐな言葉は私を追い立てる槍の様で、私は思わず言い返す。
「じゃあ皐月は可愛くない子供を自慢されたら『可愛くない』、綺麗じゃない花嫁には『ブス』って言うのね?」
「そ、そんなコト言ってないでしょ」
私の反論が意外だったのか皐月が鼻白む。「じゃあサプライズは? 嬉しくね?」と便乗する味方。荒れる議論にワタヌキは「コラコラ君たち」と心底楽しそうにしている。
「せんせー! 時と場合によって嘘をついていいってのはナシなの?」
「ナシですね。ディベートになりませんから」
少年は意外と真面目らしい。しかし碌にルールを知らず説明もされていない私達では、それはすぐにフリートークと化した。
「そもそもなんで嘘は駄目なの?」と茅野さん。
「嘘がまかり通るようになれば約束事や保証が無意味になる。自分勝手な人の所為で社会が成り立たなくなるよ」と山本くん。
私の後ろめたさが刃に変わる。
「じゃあ、この中で嘘をついたことがない人は?」
教室がシーンと静まり返った。ほらみろ。
「おかしいよね。嘘はいけないと言いながら皆、嘘をついてる。それって社会は嘘無しに成り立たないってことじゃない? 私達に嘘は必要なんだよ」
誰もが口を噤む。しかし馬鹿正直で純真無垢な皐月は違った。
「でも嘘が良いってことにはならないよ! 嘘なんて意味ないもん」
皐月の言葉が私を貫く。言い返す言葉なんていくらでも浮かびそうなのに何も出てこない。――これは議論ではなく裁判だったのだろうか。正直者が嘘つきを糾弾する為の。
「無意味な嘘なんて、それこそ無いんじゃないか?」
弥生が皐月に冷たく言い放ち、泣きそうな私に安心させるよう微笑みかけた。今朝皐月に見せたあの顔で。クラスの誰かが口笛で冷やかす。皐月は私と弥生を見比べ、表情を曇らせた。
「二人とも、私に何か隠してる?」
「皐月、それは誤解、」
「俺達のことはお前には関係ないだろ」
私の言葉を遮る弥生。最初は捨てられた猫みたいだった皐月の目に、徐々に激しく炎が燃えるのを見て、私は焦った。キレた皐月は手が付けられない。
「皐月、とりあえず落ち着いて。弥生もちょっと黙ってて」
「うるさい! 指図しないで! 私、あんたのそういう大人ぶったところ嫌い!」
――なんで皐月はいつもこうなんだろう。自分の感情に正直で周りなんて気にしない。私を、かき乱す。
「いつも本音を隠してばっかの、ずるいところも嫌い! やっぱりあんたも弥生くんが好きなんでしょ? それなのに『おめでとう』なんて……嘘つき!」
突然の修羅場に教室は湧き上がった。一番楽しそうな笑い声をあげているのはワタヌキだ。私は羞恥と怒りと悲しみで何が何だか分からなくなる。
「皐月なんて、」
ああ、だめ。止まって、私。
「皐月なんて知らない! 消えちゃえ!」
『チチンプイプイ』
場違いなワタヌキの声。彼が教鞭を振るうと、次の瞬間そこに皐月の姿は無かった。
「あ、さ、皐月が……」
「さつき? 誰だそれ」
首を傾げる弥生。私は耐えられなくなり教室を飛び出した。それを見てワタヌキは満足げな笑みを浮かべる。
「自分勝手で脆弱。人間は、やっぱりこうじゃないとね」
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