【四月一日(わたぬき)の嘘】

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 ――遥か昔、四月一日は人々の心に春の安らぎを与える神であった。冬の間、寒さや飢餓に苦しむ人々に春の夢を見せ、不安や恐れから心を守る優しき神。  四月一日に縋り生きていた人々はある時、旅の僧侶に諭され、現実と向き合わねば問題の解決に至らぬと気付く。そして人々は四月一日を村から追い出し、自ら辛く苦しい現実を選んだのだ。    愛し守ってきた人々に裏切られた四月一日は、自分を嘘つき呼ばわりした人間を憎むようになった。そして心の弱い人間を甘い嘘でかどわかし、その魂を喰らう妖怪となった彼は、数百年前とある高僧により封じられた。  四月一日が封じられていたには、迷える魂が時折やってくる。少女もその一人だった。現実に傷付けられた弱く哀れな生き物。(じぶん)を必要とする可哀想で可愛い人間。  四月一日は少女を標的とした。  カツン、カツン。廊下に足音が響く。それは悪魔か死神か。救いようのない愚かな私を、少年がわらう。 「嬉し泣きかい?」 「……皐月を返して」 「何言ってるの? 君が望んで彼女を消したくせに」  それは違う! と叫びたいのに声が萎んだ。心の奥に眠らせた真実(ほんとう)に触れようとすると、擦りむいたばかりの傷みたいにジクジク痛む。 「私は……皐月に居なくなって欲しいなんて、思ってない」 「ハイ、それは嘘だね。だって彼女は君の恋敵だったんでしょ」  ワタヌキの姿が魔法みたいに光って弥生に変わった。優しい微笑みが、甘い吐息が、私の決意を揺るがそうとしている。 「泣くなよ」  弥生が私の頬に手を添え、その顔を近付けてきた。 「私は、」  声が掠れる。重い真実が喉に詰まる。でも言わなくちゃ。じゃないと私はもう二度と、あのやかましい笑顔に会えない。……残念ながら何か勘違いをしているこの大妖怪に、盛大な“真実(ほんとう)”をかましてやらなければ! 「私は! 私が好きなのはっ――皐月なの! 出会った時からずっと――あの子が大好きなの!」 「えっ、うそ!?」  ようやくだ。ようやくそれを口に出来た私は、じんわり胸に広がる悲しみを受け止める。 「ほんと。だから、こんな嘘の世界は要らない!」    ピシッと(ひび)が入ったような音。真実が、嘘の結界を破る。  白んでいく世界で、多分私は勝ったのだと思った。ワタヌキに。自分自身に。 「なあんだ。ただの人間かと思ったら天邪鬼(あまのじゃく)だったとはね。あーあ、すっかり騙されちゃった。……君にも、(ぼく)は必要なかったんだね」  ワタヌキはすっかり元の姿に戻り、つまらなそうに白い世界をプカプカ浮いている。 「……私、やっぱり時には嘘も必要だと思う。でも……自分に嘘をつくのだけは、いけないと思った」  私が皐月についた『おめでとう』という嘘。そして――誤魔化し笑いで冗談にしてしまった“本当の気持ち”。一連の出来事は、自分の心を蔑ろにして傷付けた私への天罰なのかもしれない。罰にしては甘かったけれど。 「ワタヌキ、有難う。お陰で現実に向き合う覚悟が出来たよ」  その丸い瞳に見守られながら、私は光に包まれた。 「……なんで人間は真実(ほんとう)(こだわ)るんだろうね? サッパリ理解できないよ」
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