#5 マゲイルの長期休み補修授業

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 何故こうも、嘘を本当にするための行動は自分の首を絞めるのだろうか。マゲイルは資料の準備をしながら、キリキリする喉元を携える。師の計らいによって生まれた仕事はマゲイルの重要任務と化し、同時に弟子となる少女の学校生活を左右するものとなった。魔方陣学を一ヶ月で基礎をたたき込む、それに附随して実践できるようにする。いくら天才と呼ばれる魔術師にも無理があった。その弟子となる少女は師によると物覚えはよく、素直に人の話を聞き実行できるそうだ。しかし、環境が変わり師が変われば別だ。彼女はもしかしたら自分に中々近づかないかも知れない、魔方陣学が肌に合わず出来ないかも知れない。そんな心配が、マゲイルの頭を埋め尽くす。  そんな時、教職部屋のドアがノックされる。そのたどたどしい、不慣れな音は訪問者が何者かを表していた。マゲイルはキリキリする喉元を携えドアを開けた。そこには低い身体に三本の角を持ち、やや変わった格好をした少女がいた。その横には黒髪に白のワンピースを着た少女がおり、マゲイルと目が合った彼女は「初めまして先生」と挨拶をした。角の少女もそれに続き挨拶をする。その声は小さく、自信が無いのが一目瞭然であった。「じゃ、頑張ってね。失礼します。」と黒髪の少女が去ると、角の少女は一層緊張の色をあらわにしていた。 「君が先生の言っていたロチか。まずは部屋に入りなさい。今日のところは今後の説明をする。」  マゲイルはキリキリする喉でその言葉を絞り出すと、ロチを部屋の中に招いた。部屋は普段、ソファも机も関係なく資料を置いていたが、補習授業をすると言うことでそれらを片付けていた。なんとか綺麗にしたソファにロチを座らせると、マゲイルは資料を持ち向かいへ座った。ちょこんと座っているロチは机を一点に見詰め、マゲイルを見ようとはしていない。それは目の前に教材や書類を並べても同じことだった。ずっとそうしているわけにもいかない。マゲイルの頭なよぎった考えによって、次の行動に出る。 「ロチくん。まずは顔を上げ給え。話しをしよう。」  そう言われたロチは、ゆっくりと顔を上げる。何か言いたそうな目元をしていたが、そんなことよりも速く説明がしたかった。 「自己紹介しよう。私はマゲイル。この学校で魔法陣学の教師をしている。今日から君の先生として、君に魔法陣学を教える。よろしく。」  マゲイルがそう言っても、ロチはただ目を合わせるだけだった。ロチがこんなに人見知りなのは予想外だった。どうしようか……、と頭を動かすマゲイルは徐に手のひらに魔方陣を出した。マゲイルの通称にも含まれている逆五芒星を持つ陣は、ロチの瑠璃色の目の中で淡い光を放ちながら浮かぶ。 「ロチくん、君はこれが何に見える?答えは無い。思い浮かんだことを言って欲しい。」  マゲイルが提示した問に、ロチは考えるような素振りを見せる。この問い方はマゲイルが最初に薬について学んだときに、レツに投げかけられたものだ。 「えっと……文字列に記号が囲まれている……絵……?」  ロチは自信なさげに答える。ロチはこの答えが間違っているのではと感じているように見えたが、マゲイルにとってその答えはレツの弟子として妥当なものだった。 「良い答えだ。君の陣の読み方はかなり良い。」  マゲイルの言葉に、ロチの緊張は僅かに解けたように見えた。 「魔法陣というのは。構造を知れば読み方も作り方も、無知よりも容易になる。君の言う通り、魔法陣は文字列が記号を囲む構成になっている。記号は魔方陣の種類、その周りの文字は強度や附随している効果を表している。魔方陣を極め己の内面を見いだせば、記号はその者独特のものとなり、文字はより複雑怪奇なものになる。そうなればより陣は強固なものになり、解除が困難なものになる。」  この説明で通じるのか。ロチの方に目を遣ると、ロチは何かを考えていた。マゲイルは静かにそれを見守る。しばらくすると、ロチは口を開いた。 「少しですが理解できたと思います。マゲイル先生、これからよろしくお願いします。」  ロチは深々と頭を下げる。これから説明が出来るかも知れない、そう考えたマゲイルは教材を机に広げた。教材は主に三つ。魔法陣学基礎の教科書、実践テキスト、そして魔法陣石である。この魔法陣石は用意するのに少し時間の掛かった一品だ。魔法陣石は主に出身地によって使う種類が変わってくる。東の者がこの石を使うことは滅多に無い。その為、ロチが使える石を扱う商人を探すのに少し苦労した。 「教科書は私の授業で、こちらの実践テキストは宿題で使うことになる。毎回持ってきてくれ。そして、この石だが失くさないように。再び手に入れるのが難しいのでね。」 「わ、分かりました。」 このくらいの忠告ならレツから聞くことも多かっただろう。ロチは不慣れながらも石とテキストを受け取る。マゲイルはそれに続いて、今後の予定表を渡す。 「今後は授業が始まるまでこのスケジュールで補習をする。補習の場所はこの部屋なので、時間になったら来るように。」  ロチは「はい」と返事をすると、立ち上がった。マゲイルはその姿を見て、ロチが尋ねてきたときから気になっていたことが、頭の中であふれ出した。 「ロチ君、その服はどこで手に入れたんだ?」  マゲイルから見ると、ロチの服は少し異様だった。ロチが纏うブラウスは肩が落ちるほどぶかぶかで、ボタンのかけ方から男物である。そしてスカートだが、サイズが合わないためかデザインに似合わない丈であり、何よりもウエストが緩いためか似合わない帯で結んでいた。 「えっと、これは同じ部屋の子から借りたんです。只、上の服だけはその子のサイズが合わなくて、同じ寮の男の子から借りました。」 「そうなのか。ずっと借りるわけにはいかないだろう?どうするんだ?」 「レツ師匠にお願いしてみます。」  一度人に渡した役割を、再度レツが果たす訳が無い。レツとの手紙のやり取りで悟っている。ロチは恐らく何も前触れも無くレツと別れた可能性がある。そうなればレツにとっては、ロチの面倒をマゲイルに渡しているのと同じなのだ。そうしたら、授業以外にもやることがある。 「ロチ君、恐らく先生は忙しい。君の服まで気を回せない可能性がある。私が授業までに用意しよう。」 「え……そんな、服のことまで先生にして貰うわけには……。それに学校の外にお店もありますし、自分でなんとか……。」 「外の店は授業が始まるまで開かないよ。そのあたりの対応は慣れている。任せなさい。」  その言葉を聞いたロチは、遠慮しつつも「はい ……」と答える。その顔を見たマゲイルは、この話を切り上げた。  ロチを見送り、教職部屋に一人残る。さて、ロチの服はどうしようか。ロチのことを考えると西の服よりも、東の服の方が圧倒的に着易く動きやすいだろう。ならば今自分が着ている服を直して貰った店に頼むのが一番かも知れない。それを思い立ったマゲイルは早速ペンを取り、依頼の手紙を書く。金はいくらでも払おう。せめて、服だけでも快適に過ごして欲しい。
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