かみさまのおひっこし!

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「はい、いっちょあがりぃ!」 最後の薪を割ると、ロゼは手の甲で汗を拭いた。 今日はとびきり天気がいい。いつも以上に早起きして朝の日課を終え、斧とナタを物置小屋に放り投げた。その乱雑な物音とは別に、遠くからからんからん、と乾いた音が耳に届いた。 「じーちゃあぁん、罠に何か獲物かかったみたいだから見てくるー!」 竈門で炊事をしているであろう祖父に声をかけるが早いか、一目散に森へ向かって駆け出した。 「おおい、またそんな煤けた恰好して、はよ女神様の泉で身を清め――」 孫の姿はもうない。 「今日はだいじな遷宮の日だと言うのにまあ…」 ラウロはがっしりとした体躯を縮めて、燻る煙がたたぬよう、竈門に太めの薪を差し入れた。 早くに息子夫婦を流行り病で亡くし、孫を引き取ったはよいが、碌に子育てなどもせず武骨な人生を重ねてきた彼にとっては、生まれ故郷に戻ってくる以外に選択肢を持たなかった。 神領とも呼ばれるこのバルド地方は、神話の時代に神と共に魔族と戦った一族の末裔が住む。千年に及ぶ戦いに終止符を打った神は眠りにつき、一族は神の眠りを守るために生きることを選んだ。 緑豊かな豊穣の地は台地となっており、周囲の国々とは一線を画す。そこにあるのにそれを認識できない、という魔術結界まで張って、神を守るために外部との関わりを極力断っているのだ。 近隣の文明からはやや遅れつつ、戦乱もなくのどかで静かな暮らしがそこにはあったが、今日は特別な日である。 遷宮、と呼ばれる神様の引越があるのだ。 御神体が祀られている木造神殿は西殿と東殿に分かれており、30年に一度、交代で建て替えられては遷っていただくというのを何百年も繰り返し、一族にとっては最も神聖な祭事だった。 「あんなおてんば娘が巫女とはのう」 今年でたしか14になる孫娘のはねっかえりぶりは、多分に育てた自分に責任があることを自覚しているが、巫女としての紋章が顕現したときには何かの間違いだと思った。 神がまた30年眠り、この大地が安寧を得るためのだいじな儀式に間違いなどあってはならないのだ。 果たしてどうなるかの、とやや無責任にラウロはひとり笑った。
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