#7 良き友

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 「特定の事象を封じる陣があれば、その事象の真反対の事をせよ。」  マゲイルはこの理論に納得していたが、いざ実践するとこの上なく面倒で時間が掛かることを身に染みて感じる。ロチが来るとなると、この開かずのドアにこれ以上集中するのは難しくなる。  今日もドアと対峙するマゲイルは、これ以上仕事が増えない事を祈った。今年は高等教育部も中等教育部も、学生総括教員に選ばれなかった。この知らせを聞き内心歓喜したマゲイルは、ドアのことに集中できると思った。が、先日こっちに来た師により、その思惑は崩れ去った。直弟子制度での指導はほぼ付きっきり、ロチなら尚更そうだ。ロチは覚えが悪い訳ではない。ただ、マゲイルの専攻はロチにはお初なだけだ。  そう言い聞かせながら、ドアに取り掛かった。前回やっと一つ目の魔法陣を解いたものの、横に貫く魔法陣により解除は出来なかった。詳細な分析の結果、貫く魔法陣は構成する紋は単調なものの千の異なる紋が使われていた。単調な紋とは、例えば紋を左右にズラす事を封印する、のような単純な動作を封印するものだ。大昔の研究からこのような紋を有する魔法陣は、封印する動作と真反対の動作をすれば良いとされてきたし、目の前の魔法陣もそれで解ける。マゲイルは集中し、1つずつ解いていく。構成する細かい紋の分析方法も解除方法も確立されている。報告書や論文を書く時はそれを書けばいい。  マゲイルは地道ながらも順当に解いていった。しかし、紋自体は小さい上、指先がズレれば最初からやり直しになるトラップが発動してから様子が変わった。マゲイル自身の手は薬の調合や選別を経て器用であるが、このトラップの前に器用さは敗北の道を辿った。「特定の事象を封じる陣があれば、その事象の真反対の事をせよ。」という理論は納得するが、トラップが付くと理不尽に聞こえる。何度もやっていくと段々試行が雑になり、トラップにも引っ掛かりやすくなる。紋への意識は途切れ途切れになり、何度もトラップに引っ掛かっていく。 「マゲイル先生。」  聞き慣れた声が、マゲイルの体を止めた。目をやると、そこには猫の耳を持った「人」が立っていた。その「人」は黒髪に黒装束、その中で映える緑の眼には座り込み試行に明け暮れるマゲイルが映っていた。 「スフェン先生……。悪い、今解いてる……。」  声の主は教員のスフェン・シャノワールだった。マゲイルの中等教育部の同僚である。マゲイルの言葉を聞いたスフェンは息を吐いた。 「手だけ動かして頭は動かさないのは“解く”とは言わないんじゃなかったのか、マゲイル?あと、今生徒達は殆ど帰省してるし、呼び捨てでいい。」  今の痛いところを突かれた。マゲイルは言い返せず黙り込む。スフェンはマゲイルを、天界の一筋の光と共に縦長の瞳孔に映していた。 「マゲイル、君が特異体質だからってアイツらの光に当たり続けたらしんどいだろ。少し休めよ。」  スフェンはそういう時マゲイルを立ち上がらせた。「茶を飲もう」と言い、半ば強引に自室に連れて行った。
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