引越し鬼ごっこ

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「·····なあ、何してるん?」  近所の友達と遊んで、家へと帰ってきたらなぜか荷物が散乱していた。  泥棒にでもあったのかと、玄関先ではギョッとして、内心怖かったが、幸い犯人は家の中に居ないと思われた。なぜなら、血の匂いや叫び声など聞こえないからだ。しかし、念の為子供でも対抗できるようにいつも母が玄関に立てかけている竹箒を、両手に握って恐る恐る居間までやって来た。  するとどうやら荷物が散乱している原因は、泥棒ではなく、忙しなく動いている母のようでひとまず身の危険は無さそうだと胸を撫で下ろした。  しかし、何か荷物を散乱させないといけないような出来事があっただろうか?不思議に思って声をかけた。  その声でやっと母はこちらの存在に気付いたらしい。忙しなかった動きがピタリと止まり、こちらを向くとうっかりまだ泥棒対策用に握っていた竹箒が目についたらしい。 「ぶっふ!あ、あんた何持って家上がってんねん。それ、外の埃掃除するやつ!」 「え、ええやん!家がこない荒れてるから、なんぞ泥棒来たんかと思たんや!」  母は、笑いの虫がなかなか治まらないらしい。ひとしきり笑ったあと、フッと真剣な表情に変わった。まるでさっきまで笑っていたのは幻だったかのような身の変わりように、驚く。 「ゴメンな。泥棒は居らんけど、に見つかってん」 「え!ウソやろ。なんで、こないな田舎まで追っかけ来てるん」 「しつこいヤツ思ってたけど、やっぱりしつこかったってことやな。アンタはどないする?ついてくる?」 「当たり前やん。一人で逃げるなんて危ない真似させられへん」 「ほんなら、第·····何回やったっけ?あー、「ゴホン」とにかく引越しを開始します」  母のその掛け声と共に、自分の荷物を詰めるため部屋へと向かう。  そもそもアイツとは誰か?簡単に言えば母のきょうだいだ。性別は知らない。いつも髪は伸びっぱなしで、眼鏡のレンズを薄くする技術があまり発展していなかった時代の眼鏡か?何度もツッコミたかったが、いつも会うのは緊迫した状況だったため、未だに本人に言えずじまいだ。  とにかく、給食で牛乳瓶が出てた時代の瓶の底のような分厚い眼鏡をかけて、服も黒っぽいズボンとタートルネックに、ヨレヨレの白衣。  昭和の漫画とかに出てきそうな博士っぽい見た目で、男とも女ともとれてしまう見た目なのだ。  そいつは、母から父を、そして時間を奪った。本当はどうやら自分が産まれた時に不治の病だと分かった父を、成人するわが子の姿が見られるくらいには長生きさせてやろうと努力をしていたらしい。  だが、どう間違ったのか実験は失敗し、父は一歳になるまでに亡くなり、代わりに母は歳をとらなくなった。  母は本当は、父の後を追いたかったかもしれないが、子供が大きくなるまで·····と命を絶つ実験はしていないらしい。だから、不老長寿なのか、不老不死なのか、現段階では誰にも分からないそうだ。  だから幼い頃から定期的に引越しをしていた。そして今回は、いつもより長く居られたから、母は友達などを捨てさせてよいのか悩んだのだろう。  記憶の限り、着いてくるかどうか、確認されたのははじめてだ。そのことにビックリしつつ、手際よく荷物を詰める。 「でも、ほんまに何回目なんやろ。引越し」  ふと気付くと自分もここでは、小学三年生になって、小学六年生になり、もうすぐはじめて中学生を経験するはずだった。  けれどアイツに見つかったのなら、また小学生からやり直し。次はもっと僻地と呼ばれるところに行くことになるのだろうか。 「なんで、アイツ追いかけてくんねんやろうな」  それは母に聞けない言葉。母は、アイツと話す気もないし、顔も見たくないのだろう。だから、ずっと追いかけてくるアイツの目的も何も知らない。  やっと荷造りを終えて、母と二人、母が調達した一見すると物流用の長距離運転トラックに乗って、誰にも挨拶をせずこの町から引っ越した。 「ああ、また姉さんに逃げられた」  自分が原因だと分かっていても、落胆は大きい。いつの間にか姉さんよりも老いた身体には、彼女らを追いかけるのは身に堪える。 「きっとこの薬を飲めば解決なのに·····」  義兄さんが亡くなって、姉さんが老いないと気がついた時、何もかも遅かった。幼かった姉さんの子もまだ姉さんから乳を貰っていたおかげで、途中で成長が止まってしまったようだ。  そのことに気がついたのは、子供が小学三年生になった時だ。いつの間にか身長も伸びなくなり、二次成長期が来ない。  それに愕然とした姉さんは、それまでは電話だけでもやり取りしてくれていたのに、音信不通となり、ずっと引っ越して逃げられている。  こちらは慌てて二人を元の身体に戻す方法を調べ、目処が立ったのだと伝えたいのに、過去の行いのせいでいつまでもイタチごっこだ。 「どうか、この命が尽きるまでには間に合いますように」  彼女らの終わりのない引越しが、早く終えられるようまた今日も二人の行方を探すのだった。
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