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真白のなかの黒点
前へ前へじゃない。後ろの方でそっと、な空気は間違いじゃなかった。
少しだけ俺を捉えた瞳が緊張に揺らめいたかも知れない。でもすぐに心根の優しさを感じさせる、控えめな曲線にそれがほそめられて、白い涙袋がふくと膨れた。
「……こちらこそ」
「一年の時以来だな。クラス同じだった。……あれ? 部活って入ってたっけ?」
「……結局入らなかったんだ。図書委員になったから、結構忙しくて時間取れなくて……。やりたいものもなかったし」
「あ、そうだよな。あれ休み時間とか放課後もいなきゃだから、大変だよな」
「……サッカー、だよね?」
「うん。今度のインターハイ終わったら引退だよ。大して難しい大学なんて狙ってないけど、いい加減勉強に専念しないと、まじでやばい」
会話の繋ぎになるものを探ってみたが、共通項、人物の性質、一緒に過ごした時間が浅い関係にはやっぱり難しく、
図書室に行く頻度も底辺な身としては、そのことも教えて貰わなければ忘れていた。
まあいい、これから毎日隣で築いていけばと、ふんわり終了した会話の継続は無理にさせなかった。
あらためて方々へ散っていったメンバーや新しい席図を眺めつつ、この視界から一番目に入るのは、やっぱり隣の人物の、左半身なんだなと思い至って、何とはなしにその造形を辿っていく。
色が白い。絹豆腐みたいにぎゅっと詰まったような濃密な白。運動を、主活動にはしてないだろうなっていう繊細で華奢な骨格。
髪は、きっと染めたことないのだろう。天然な艶を返す長めの前髪が、纏う雰囲気にも表れている縦幅の控えめな目許を労わるように掛かっている。
派手さはない。だけど、白い皮膚で覆われた顔は容良く小さいし、
首が、華奢だけど長いなと追っていたら、不意に頬杖をついていた左手が外れて、そのなかに隠されていたものに、強烈に目を惹かれて俺の視点はそこで留まった。
一時間目の準備をしている横顔が、俺の視線に気付いたのか、机に伏せていた瞳がぱかっと上がった。
俺に向けられたものの、俺が思わず見つめていた一点をすぐに察したのか、
ふい、拒絶するように表情をなくして瞳を逸らし、
耳の下、俺が凝視していた首の一箇所をぱっと掌で覆ってしまった。
まるで、見られた。
もう、見つかってしまった。
とでもうんざりしているかのように。
彼が隠してしまった場所。何ていうことはない。
滑らかな白肌のなかにぽつんと、ささやかなささやかな種子のような、
小さな黒子が、浮かんでいただけなのだ。
だけどそれは、何故かひどく、真白に浮かび上がるただ一つの黒点として、
妙にひとのこころを、鈍く引っ掻けるものだったので。
「…………ごめん」
隠したということは、本人も気にする箇所なのだろう。傍からは大したことなくとも、本人には忌まわしい場合もある。まして身体的特徴は。
日頃から白と黒のボールばかり追ってるからと言って、相変わらず思慮の足りない、だから彼女も出来ないんだと、
関係ないことまで持ち出して、彼とは真逆の陽に焼けた短髪をがしゃがしゃ掻き混ぜていたら、
その様子に他意はないと認めてくれたのか、覆っていた左手をやがてそっと外して、
あらためてのように俺の顔を見直し、彼は囁いた。
「……山田君、だよね」
隣の席、初めて真近に接した天川透は、真白な首に小さな黒い点、
そして、きっといい奴なんだろうなっていう、
豆腐みたいにやんわりした笑みを浮かべていた。
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