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うだるような暑さの中、僕は早く涼みたくて、帰路を急いでいた。
途中、公園を通るのだが、何度か不思議な体験をしている。
例えば、雨が突然降ってきたので、木陰に隠れていると、木についている大きな葉がまるで絨毯のようにのび出した。
その下を歩いて行くと、公園の出口に辿り着き、そこには大きな傘型をした葉がチョコンと置いてあり、僕は傘がわりにして帰宅した。
それから、公園に入ってすぐの所に水飲み場があるのだが、急に水が出たかと思うと、数十メートルの高さまで舞い上がり、綺麗な虹を作り上げ、感動させてくれたりした。
もしかしたら、今日も何かあるかも知れない……そんな思いを抱えたまま、公園の中に入って行った。
すると、葉という葉が揺れ始め、僕に心地良い風を吹き付けてくれて、一気に涼しくなった。
助かったと思っていると、出口の所に人が立っている。
よく見ると、まだ小学生くらいの女の子だった。
「こんにちは」
声を掛けると、女の子は黙ってお辞儀をして、ニコニコと可愛らしく笑っている。
どこかで見たような顔だったが、バイバイと言って手を振ると、やはり微笑みながら、振り返してくれた。
公園を出てから、フト振り返ると、そこにはまだ少女が立って、じっとこちらを見ていた。
帰宅すると、いとこのミクちゃんが遊びに来ていた。
「ミクちゃん、いらっしゃい」
「うん」
ミクちゃんとはクラスは違うが、同じ高校に通う同級生である。
ミクちゃんのお母さんはミクちゃんが小学生の頃、病気で亡くなっていて、一人っ子のミクちゃんはお父さんと二人暮らしだった。
そういう僕もやはり小学生の時、母を病気で亡くしていた。
さて、いつも元気なミクちゃんが心なしか静かな気がしたので、何気なく尋ねてみた。
「ミクちゃん、何だか元気が無さそうだけど、何かあった?この間のテストの出来がイマイチだったとか……」
こういう質問をすると、いつもなら、うるさいなぁと無邪気に笑うミクちゃんだったが、今日はボンヤリして、笑う気配は無かった。
しばらくお互い、黙っていたが、
「あのさ」
と、2人同時に口を開いたので、見事にかぶってしまった。
「うん?」
と僕が聞くと、ミクちゃんは軽く頷いて、話し始めた。
「ここに来る前、公園を通ってきたんだけど、公園を出る所に女の子が立っていて、よく見ると、どこかで見た顔だったの。それでね、気になって、何とはなしにスマホで撮った写真を見ていたら、死んだお母さんの若い頃の写真が出てきたの。以前、アルバムで見た顔だから間違いないのだけれど、私、撮った覚えが無いのに、写っているのよ。そうしたら、お母さんと思われる人の写真が以前にさかのぼるにつれて、さらに若くなり、多分、小学生の頃の写真が出てきて、その時の顔と公園で会った女の子の顔がそっくりなの…」
ミクちゃんの話を聞いて、ハッとした。
僕が見た少女の顔も、亡き母に似ている気がしたからだ。
僕もそうだが、恐らくミクちゃんも、自分の母親の小学生時代の写真を見たことは無かったのではないかと思った。
そして、僕も急いでスマホを取り出して、写真を見てみると、何と、スマホで撮ったことの無い母の若い頃の写真が載っており、さらに、さかのほっていくと、公園で会った女の子とそっくりな顔付きをした小学生の頃のものだと思われる母の写真が出てきたのだ。
僕はミクちゃんが微妙な表情をしている意味が分かった。
しかし、不思議だ。
ミクちゃんは亡くなったお母さんの小学生の頃、僕もお母さんの小学生の時の写真と同じ女の子にそれぞれ出くわしているのだが、いずれにしても、公園には女の子は2人いたのだろうか……そうで無ければ、合点がいかない。
僕はミクちゃんを誘って、再度公園まで行ってみた。
すると、女の子の姿は無く、女の人が立っていた。
「あ!」
その女性の顔を見ると、明らかに母だった。
(お母さん……)
僕が母を呼ぼうとする寸前、ミクちゃんが声を上げた。
「お母さん!」
エッ、ミクちゃんもお母さんに見えるの?
でも、僕も母に激似に見えたので、本当、不思議だった。
つまり、見る人によって、それぞれ見える顔が違うのだろうか?
さらに、こちらを向いている母と思える女性は一言もしゃべらなかった。
ミクちゃんも僕も狼狽していると、誰かがやってくる気配がした。
ミクちゃんと僕は急いで木陰に隠れると、中年男性がゆっくりと歩いてきた。
そして、案の定、女性と出くわしたのだが、首を傾げていた。
この男性も、自分のお母さんとそっくりな女性に出会ったことになったのだろうか?……いや、不思議そうな顔をしていたので、きっと僕とミクちゃんが初めに見た小学生の頃の母親と対面したのではなかろうか?
ミクちゃんと僕はそっと公園を後にすると、しばらく黙っていた。
お互い、死んだ母親と思われる女性と遭遇し、信じられない思いと名残惜しさを感じていたからに他ならなかったからだ。
またいつか会えるだろうか?
僕は甘く淡い期待をして、また公園に来たいと思ったが、きっとミクちゃんも同様のはずだろう。
すると、ミクちゃんがお母さんの話を楽しそうにし出したので、僕も負けじと熱く母との思い出を語ったのは言うまでも無かった。
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