ゲンジボタル・初恋からの卒業

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ゲンジボタル・初恋からの卒業

「何?これ」 ホタルは突然、敦史にそう訊かれた。 彼は、ホタルの部屋の片隅に立て掛けられている、太くて四角い木の棒を指差している。 * ホタルはこの春、大学入学と同時に、アパートでの一人暮らしを始めた。 敦史は、同じ教育学部の同級生。 最初の授業の時に、席が偶然隣になり、彼から声をかけてくれたのが始まり。 小学校の先生になるという具体的な夢も同じで、すぐに意気投合し、付き合い始めた。 「ゴールデンウィークは、どっかに遊び行こうよ」 大型連休前、最後の授業が終わった時、敦史にそう言われ、 「えー、どこも混んでるでしょ。一人暮らし始めて最初の連休だから、家でゆっくりしたいんだよねー」 「……そっか」 「あっ、じゃあ、うち来る?」 あからさまにガッカリする敦史を見て、自然とそんな気持ちになった。 「えっ、いいの?」 太陽の光を浴びた彼の顔が輝く。 彼はどこまでも素直だ。そこに、幼い頃のゲンジが重なる。 ホタルの幼馴染み、だった人。 「いいよ」 少年みたいに笑う敦史を見て、そう返事をした。 * 「それはね……」 ホタルが、木の棒を見ながら答える。 「幼馴染みと、(せい)くらべをした証」 「……背くらべ?」 キョトンとしながら、木に顔を近づけて凝視すると、 「あぁ、これ、その時のキズだ?」 振り返ってホタルを見上げる。 「うん」 「でもそれ、“柱のキズは~ ”ってやつでしょ?なんで柱がここに置いてあるの?」 と、童謡『背くらべ』の歌詞を持ち出して訊く。 ホタルは、物心つく頃から、ゲンジと5月5日に背くらべをしていたのだ。 ホタルの家に遊びに来ていたゲンジと。 「いつもゲンジくんに勝てない」 なぜか悔しくて半ベソをかくホタルの頭を撫でながら、母が 「今のふたりが、一番かわいくてお似合いよ」 と微笑んでくれた。 (そんなこともあったなぁ……) 当時を思い出しながら、 「地震で、家がダメになっちゃって……」 と、5年前の大地震の話をした。 幸い、家族3人とも外出していて、体は無傷。 だけど、築50年を過ぎた家屋は酷く傷んだ。 全壊と判定され、建て替えのため取り壊した。 「この柱だけは、残せませんか?」 ホタルが、新築の家に組み入れて欲しくて頼んでみた。 結果は無理だったが、『キズ』の残る部分だけ切り出して、こうして残してくれたのだった。 「へぇ、そうだったんだ」 敦史は、改めて『柱』を見つめてから、 「それじゃあ、残したいよね」 そんなふうに言ってくれた。 敦史はいつも、ホタルの気持ちに寄り添おうとしてくれる。 「優しいよね、敦史くんって」 ポロッと言うと、 「いやいや、それほどでも」 照れながら頭を掻く。 心がホンノリする。
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