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独唱02 魑魅魍魎の世界
彩歌は、声楽科を卒業した後、母親とも相談し、
フリーランスで活動することにした。
ただ、さすがにそれ一本では生活できないので、
音楽教室を開き、子供たちに声楽やピアノを教えている。
子供たちとの交流は、思いのほか彩歌の心を温かくする。
「せんせー、ありがとうございましたー」
「はい。車に気をつけて帰ってね。毎日、指は動かすんだよ?」
音楽教室はギリギリ生活できる程度だったが、
彩歌の柔らかい性格も相まって、少しずつ口コミで生徒数が増えていた。
また声楽の方は、知り合いの助言を受けながら、
彩歌は、『Ayaka』という名前で、動画の配信を始めた。
クラシックをメインに、流行りを取り入れて作曲したものを時々。
すると、少しずつ閲覧数が増え、
声楽家『Ayaka』は、認知度を上げていく。
その歌声は、誰をも魅了する天使の歌声。
その声が、世の中を席巻していくと、
彩歌は一躍、時の人に上り詰めた。
□◆□◆□◆□
こつこつと、動画を配信し続けていると、
やがて仕事の依頼が来るようになった。
いわゆる、ビジネスの話が舞い込むようになる。
さらに、スポンサー支援の話など。
彩歌は、それらの話を受けるか悩んでいた。
歌える場は欲しい。
それにはお金もかかる。
だけど…。
今日も、スポンサー支援の話が、彩歌あてに舞い込んで来る。
それは個人の方で、将来有望な音楽家を支援する。
という、触れ込みのスポンサーだった。
今日も、下心がありそうな声色で電話が来る。
“Ayaka、君の才能を支援したい。一度逢って話をしよう”
舌なめずりをするような、不快な声。
彩歌は、その申し出を丁重に断った。
その後も様々な法人、個人などからオファーがある。
その内容は、どれもこれも玉虫色。
彩歌は、あまりの醜い声の多さに、
外からの喧騒をすべて遮った。
「彩歌、大丈夫?」
「…じゃない。醜い。ごめん、無理…」
彩歌は、自分の歌いたい想いが、
醜い思念を連れてくるようで…。
そう思うと心が軋み、歌えなくなった。
彩歌は、アップしていた動画をすべて消し、
手伝ってくれていた知り合いに詫びを入れ、
音楽教室の生徒を、知り合いの教室にお願いし、
そのまま、歌の仕事を一切止め、
実家のある田舎に帰っていった。
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