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「花織は今日から春休みだっけ?」
「そうだよ。だから今、こんなにのんびりしてられるんじゃない」
朝七時半。学校があれば支度に追われてこんな事してられない。ご飯を食べて服装を整えて、忘れ物をしないように。なにか失敗して周りがママのせいだって言わないように。しっかり鍵をかけて家を出るまで、朝はとにかく忙しい。
「花織も、もう六年生か」
あらためてそう呟いて、ママは庭の木に目を移す。
そこに立つのは一本の桜の木。ところどころに小さな固い蕾をつけ始め、咲くのを今か今かと待っている。
「そうだよ。もう六年生になるんだよ」
ママの言葉を繰り返して、同じように桜の木を見つめる。まだ、蕾がついたばかりで、花も葉もない枝が広がっている様は、少し寂しく見える。
「入学したのがつい最近のように思えるのに。あっという間に大きくなったね」
「そう? 私はもう入学したころの事なんてよく覚えてないよ」
なんとなく新しいランドセルや、可愛いワンピースを着た覚えはある。だけど一年生の頃の記憶なんてぼんやりとしかない。
「可愛かったなぁ、入学式の花織。新しいランドセルにはしゃいで、背負いながらクルクルクルクル回ってね」
「覚えてないよお、そんなこと」
「……この桜の木の下で、入学式の日に写真撮ったね」
ママが言うその写真は玄関に飾ってある。
満開の桜の下、大きな口で笑っている私。パパもママも笑顔で。キラキラした瞬間を切り取った写真。
今ではものすごく遠い事のように思える。
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