咲かない桜

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「花織さ、なんだかんだとここにいるよね」  お茶をすすりながら潤くんがクスッと笑う。 「え?」 「はじめてこの家に俺が挨拶に来た時も。この家から新居に引っ越しする時も。こうしてここに座ってるの……自分で意識してなかった?」  そうだっけ?  でも確かに今も、気づいたらここにいる。ママが座っていたように、ここでこの桜を見つめている。 「花織もさ、この桜が好きなんだな」 「……うーん、好き、とは違う気もするけど」  ママがいなくなって咲かなくなった桜。  ママが見守ってくれるって言ってくれていた桜。 「ママはね、この桜が私の事を見守ってくれるって言ってたの。でも、この姿を見ると、私は置いて行かれたんだなって……それでもここに来ちゃうのは、やっぱりママとの想い出の木だから、かなぁ」  まったく彩りのないこの木は、淋しくもなるけど、この縁側に座っているのはママとの想い出がたくさんある。パパもこんな気持ちで、桜を見ているのかな。 「置いてっていうより、桜はきっと花織と同じ気持ちなんじゃない?」 「え?」 「花織が淋しいと思う気持ち。その気持ちを桜も感じているんじゃないかな?だってずっと見守ってきた桜なんだろう? お義父さんの気持ちも、花織の気持ちも同じように感じ取って、桜も淋しくなって咲けなくなったんじゃないか?」 「そんなこと……」  ずっと私は置いて行かれたと思っていた。  ママの大切にしていた桜の木だから。ママがいなくなると同時に咲かなくなった木だから。ママと一緒に逝ってしまったんだと。  でも、淋しいからなの? 私の気持ちに寄り添ってくれていたの?  ゆっくりと立ち上がり、そっと桜に近づいて幹に触れてみる。  こうしてここに立つのはどれくらいぶりだろう?  冷たい、ごつごつとした感触。 「潤くんが言うとおりだったら、私、ずっと(あなた)のことを恨んでいたの。ごめんね」  だけど潤くんに言われて気づいたことがある。  どれだけ年月が経っても変わらない姿を見せるこの桜を、恨みながらも無視できなかった。ことあるごとに話しかけてしまうくらい、私の中でも大切になっていたんだ。  そして今日も、大切な報告をするために、ここに来たんだ。
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