咲かない桜

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「私ね、新しい命を授かったの。ママになるんだ」  桜の木は当然だけど、何も答えはしない。だけど久々にここに立ってみると、幼いころに感じた温かい空気に包まれているような気がする。  きゅっと後ろから潤くんが抱きしめてくれた。お腹に手を添えて慈しむように。 「ママみたいに、私もこの子に愛情をたっぷり注ぐよ。潤くんと一緒に……だから、見守っててね」  咲いていなくても関係ない。この木は我が家にとって、なくてはならない木なんだから。  サァッと優しい風が通り過ぎて行った。それはまるで私の言葉に答えてくれたかのように。 「……花織」  潤くんが斜め上を指さした。そのまま指先に視線を動かしていく。 「──っ‼︎」 「祝福、かな」  そこに息づく一つの小さな存在に、私は声が出なくなる。今までずっと、何年も。一つだって芽吹く事はなかった。でも今、目の前に。潤くんに言われなかったら気づかなかったくらい小さな膨らみが、そこにある。  この感情をなんて言ったらいい? 言葉でなんて伝えられない。  私は潤くんの方に向き直って胸に飛び込んだ。感情が抑えられなくて、涙が止まらない。そんな私を潤くんは優しく包んでくれた。 「来年は、ここで賑やかな時間が過ごせそうだね。お義父さんと、この子と、お花見をしよう」  潤くんの言葉に、私は何度も頷いた。  ──ママ? 見えてるかな?  私は今、最高に幸せだよ。  ママの大好きな桜の木、私もこれからは大切に見守っていくね。  そして生まれてくるこの子を、みんなで見守っていくから。  ママもそんな私たちを見守っていてね。
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