1章

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26、日没に落ちる断首刀 「短刀は洗わずに保管していますか? 果物を切った短刀です。そちらも、慎重に調べてください。片側の刃の部分にだけ毒が塗られていませんか?」  紺紺は懐から札を取り出し、表と裏を指して説明をした。 「雨萱(ユイシェン)様は左利きです。例えば、このお札が短刀の刃だと仮定しましょう。すると、右利きの人は右手で短刀を握って、左手に果物を持って。こちら側……表の刃が果物に接触します……」  紺紺は、雨萱(ユイシェン)が北方茘枝(ライチ)の皮を剥くところを見ている。  実演するように札を動かしてから、左手に持ち変える。  すると、楊釗(ヤンショウ)が「おぉっ、俺わかったぞ」と声を出してから「やべっ」と手で口を覆った。華蝶(カディエ)妃に目をつけられたくないのだろう。 「短刀を使って皮を剥く時に、右利きの人と左利きの人とでは、果物に当たる刃の側面が違います。雨萱(ユイシェン)様が皮むき役係で、かつ左利きだとわかっていれば、彼女を罪人に仕立て上げることはできるかと思います」 「まあ。それでは、彼女を個人的に恨んでいて陥れようとした桜綾(ヨウリン)という侍女が単独で成した犯行なのかしら?」    華蝶(カディエ)妃に言われて、紺紺は返答に迷った。  新米宮女としてお使いをしていた時に、桜綾(ヨウリン)が北にある鍾水宮(しょうすいきゅう)の近くでお薬やお金の話をしているのをよく見かけた。  桜綾(ヨウリン)華蝶(カディエ)妃は協力関係にあるのでは?    しかし、ここで「華蝶(カディエ)妃が黒幕ではないでしょうか?」と言うのは、悪手な気がする。言うなら、本人ではなく皇帝に言うべきだ。 「……桜綾(ヨウリン)様を連れてきます」  桜綾(ヨウリン)に真実を話してもらおう。可能なら、皇帝も呼びたい。 桜綾(ヨウリン)が「私は華蝶(カディエ)妃に脅されたんです」と言ってくれたら、上々だ。  だって、桜綾(ヨウリン)は心労が多そうな雰囲気だったから。  きっと、脅されたり魅了されて、本当はしたくないことをさせられて苦しんでいたんじゃないかな? ――紺紺はそう思った。  だって、桜綾(ヨウリン)様と雨萱(ユイシェン)様のお二人は元同期なんだもの。    私が同期のみんなを好きなように、桜綾(ヨウリン)様も雨萱(ユイシェン)様が本当は好きなんじゃないかな?  お友だちにひどい事なんて、誰だってしたくないよね?  桜綾(ヨウリン)様、お友だちを陥れるなんて、辛かっただろうな?  あの陰口も、きっと命令されて仕方なく言ってたんじゃないかな?  心の中で桜綾(ヨウリン)を憐れんでいると、華蝶(カディエ)妃が近づいてくる。    紺紺は気づいた。  体の芯を甘く痺れさせるような香りは――華蝶(カディエ)妃の首飾りの珠から発せられている。   「あなた……可愛いのね、ふふっ。自分が純真なように、他人もそうだと信じている幼さがあるのね……?」 「ひっ?」  華蝶(カディエ)妃のほっそりとした指先が、つつ、と紺紺の顎を撫でた。  ぞくりとする。  ――近い。    間近に顔を寄せられて、紺紺は全身を強張らせた。  吐息が触れそうな距離で、華蝶(カディエ)妃はチロリと自分の唇を舐めた。それが、なんとも形容しがたい色香を壮絶に放っている。  ――潤いのある唇が、(あか)い。    魅了の術にかかっていればうっとりとしてしまいそうな、恐ろしく蠱惑的な仕草と表情だ。 「ほら。あなたが愛らしいから、わたくしの鼓動がこんなに弾んでしまいましたわよ」     華蝶(カディエ)妃はそう言って紺紺の手を取り、自分の胸にあてた。やわらかで暖かな触れ心地は、男女問わず陶然とさせるものだった。    でも、紺紺は首を振った。誘惑されてなるものか。 「し、失礼します!」  手を引っ込めて後ろへと下がり、距離を取ると、華蝶(カディエ)妃は「そんな反応も可愛らしい」というように喉を鳴らして羽毛扇を広げた。   「あら。つれないこと……ふふっ、では、遊戯をしましょうか」 「へっ? ……遊戯、ですか?」 「ええ。処刑遊戯よ」    華蝶(カディエ)妃は、断頭台を羽毛扇で指した。 「日没……酉の刻(十八時)を刻限にしましょう。それまでに犯行に使われた短刀と桜綾(ヨウリン)を連れてきて、『私がやりました』と言わせなさいな。刻限までにそれができなければ、予定通りに雨萱(ユイシェン)を罪人ということにして処刑します」 「ええっ……」  冤罪だと言っているのに! 「口答えは許しません。忘れないで。わたくしは後宮の妃の中で現在、最高の位である貴妃ですのよ。本来、侍女ごときが物申すことなど許されぬのですからね」  不満に思いつつ、紺紺は時間を確認した。  現在は、未の刻(十四時)だ。    短刀は当然、宮正が保管しているだろう。    桜綾(ヨウリン)も宮正が証言者として身柄を預かっていて、彰鈴(シャオリン)妃様のおそばにいるのではないだろうか。    『私がやりました』は、もしも桜綾(ヨウリン)が何らかの理由で渋っても、「雨萱(ユイシェン)様が処刑されてもいいんですか? お友だちなんでしょう?」と良心に訴えつつ幻惑の術(テンプテーション)を使えば、言わせることができるんじゃないだろうか?  そう考えると、この処刑遊戯は『勝てる』のではないか。  勝ち取るものは、雨萱(ユイシェン)の命と白家の名誉だ。それから、目の前の貴妃の失脚も……。 「承知しました。私、連れてまいります。待っていてください!」 「ふふっ、待っていますわ」  華蝶(カディエ)妃の余裕の態度が気になりつつ、紺紺は処刑遊戯に承諾した。  
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