1章

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32、断罪の夜 ※センシティブな内容を含みます ※「処刑回」です。 苦手な人は苦手なお話かなと思います。 お話の本筋的にはこの1話は読まなくても次に進めますので、苦手な方は回避してくださいませ(すみません!)  * * *    その女の処刑は、夜に行われた。  先に逝った愛しい男の遺体を腕に抱かせて、穴の中に寝かせ。  上から土をかぶせていく――生きたまま埋葬するという処刑方法である。  女が穴の中から見上げた夜空は、遠かった。  暗いはずの夜空は、穴中の身から仰ぎ見ると、明るく見える。  穴の底が暗すぎるのだ。    土が上からどんどんと放られて、体が埋まっていく。顔にかかり、咳きこむ。咳き込む間も容赦なく追加の土が降り注ぎ、口から喉へと土が流れ込んでくる。 「ごほっ、ごほっ」    やがて、目も開けていられなくなる。  必死で呼吸を繰り返すけれど、苦しい。  一秒、また一秒、状況は悪化して、苦しさが増していく。  怖い。つらい。救いがない。あんまりだ。   「私は謝らない。私は可哀想なんだもの。恨めしい、憎い。悔しい。悔しい、嫌い……ごほっ」    自分は、死ぬのだ。罪人として。    意識が朦朧となる女の胸には、恐怖があった。  生存本能が警鐘を鳴らし、生命の危機に脳と身体が悲鳴をあげていた。  胸に抱く彼は、もう先に死んでいる。  自分もこうなるのだという実感が強くなっていって、感情がぐちゃぐちゃになる。 「……っ」  はふはふと呼吸する頬を、熱い涙が濡らしていく。    土に閉ざされて、世界が真っ暗だ。  穴の底で、ひとりぼっちだ。虫けらのようだ。  追加されていく土の重量で、押しつぶされそうだ。    嫌いだ。  世の中が、大嫌いだ。  冷たい彼の身体が、切ない。     彼は、私を守ってくれた。  とうてい動けるはずのない容体だったのに、奇跡みたいに動いて、最期の力を振り絞って、庇ってくれた。    ずっと苦しんでいた彼は、もう苦しむことがない。  痛みに喘ぐこともなく、うなされることもない。  彼は、解放されたんだ。もう楽になったんだ。   「わ、たし…………」     生きるのがつらかった。ずっと、苦しかった。  逆恨みして(ねた)んで悪意でいっぱいの、醜い自分が嫌いだった。 「ふ、ふぅ、ふ」     そんな自分が、終わるんだ。    死の縁に沈む心は、ほんの一瞬だけ、夢をみた。  死んだ彼が自分を、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。  そんな夢だ。    ああ、彼がいてくれる。  私は、彼と一緒に死ぬために生きてたのかもしれない。  そうか、わかった。  私たちは……死ぬために生きてたんだ。  きっとそう。そうなんだ。  楽になれる。  解放される。    思い残したことは、なんだっけ。  言わないといけないことがあると思ったんだ。  なんだっけ。なんだっけ。     そう思った瞬間に、いつかの雨萱(ユイシェン)の笑顔が思い出された。   『桜綾(ヨウリン)、すごい』  すごい、と言われたことがそれまでなかった心に、素直な賞賛はとても気持ちよかった。    もっと褒めて、雨萱(ユイシェン)。  私はすごいでしょ、雨萱(ユイシェン)。  私が面倒を見てあげてもいいわ。だから、私を慕って。  私を見て。私を認めて。 『桜綾(ヨウリン)、ありがとう』  ……あなたと私は、仲良しよ。 「……っ」    自分の中に、小さな(とげ)がある。  胸の奥深くに隠れていたそれは、罪悪感だ。雨萱(ユイシェン)への親愛だ。  ああ……苦しい、苦しい、苦しい。   「ゆい、しぇ」  声はもう、届かない。誰にも。     「す…………」  好きだった。  言いたかったことを思い出した。でも、この声は誰にも届かない。 「た、」  助けて。 「き、」  きいて。  私はここにいる。私の心を知って。  私、伝えたい。きいてほしい。  なのに――もう、遅い。  未練は解消されることなく、想いはかなわず。  意識が落ちて、思考は止まる。  呼吸が絶えて、脈は静まり。      悪因悪果(あくいんあっか)の夜の底。  咎人(とがびと)の生は、かく終わりけり(このように終わった)
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