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父は地元の森に春雨研究所を開設した。ログハウスの中古を購入し研究所兼住居にしている。
「凛雅、研究所って堅くないよな」
以前は大学の研究室にいた父。だから研究所としたいのだろう。でも、研究や実験を主にする訳じゃない。なので父に言った。
「研究所って堅いよ。別に研究や実験が主の場所じゃないんだしさ」
父は相手の見解が違っても穏やかだ。大学時代から交際していた母が、いつか言った事がある。
「怒った事ないのよ、いつも穏やかで優しいの。相手が強い口調でもそうなのよ」
母は、何処でストレス発散しているんだろうね、と心底とても心配し続けている。
「そうか、じゃあ凛雅だったらどんな名前にする」
一緒にいる母と妹も、楽しそうだからと考え始めた。先に案を口にしたのは母だった。
「春雨テレホンってどうかしら? 電話ないと出来ないし。春雨って優しいイメージよね」
僕は何度も頷いて賛成して考えを言った。
「春雨テレホンじゃ電話が強調されて、父さんや僕らとの繋がりが強調されないから、春雨コンタクトテレホンが良いかと」
結局、【春雨コンタクトテレホン】に決定。父が看板を作るから手伝ってほしいと言うので、ホームセンターに一緒に行く事になった。
「大学に未練ないの」
「ないよ。それより自分の体験を生かしたいっていう思いが強くて」
父は親友を不慮の事故で失った30代後半に不思議な出来事に遭遇している。
失った場所に花を供え手を合わせた瞬間に携帯電話が鳴った。でも携帯電話の画面は一面の砂嵐。いったい何で砂嵐なのか、と思い電話に出たら・・・・・。
「久しぶりだなあ、待ってたよ。お前だけだよ、月命日にも欠かさず来てくれて。ありがとう」
失った親友の声が聞こえてきたと言う。
「いや、まさかだよ。恐ろしかったけど嬉しい気持ちが先に立った」
その不思議な出来事から、仕事中も普通に街に出掛けていても、携帯電話に着信があると砂嵐の画面の場合が現在も続いていると言う。
「俺の親友は、あの場所に行った時しかかけてこないんだ。けどな、親友から俺の話しを聞いたって人からくるようになった」
えー、そんな繋がりがある訳ない、と否定出来ない。あるからこそ、父の親友は父の話をしたのだろう。話しにじっと耳を傾けてくれる人がいるのだと。
騒がず恐れず焦らずに、話しに耳を傾けてくれる人だと広まったのだろう。
「その人たちは、どんな話しをするの」
父は首を横に振った。自分を選んで話してくれたのだから教えられない、と教えてもらえなかった。
「凛雅、春休み中に一緒に来てくれないか? 親友に息子を紹介したいからな。もしも凛雅にも不思議な出来事が起こったら、救われる人が増えるだろう。手伝ってほしい。無理にとは言わない、本当に無理しなくていいから」
父は無理しなくて良いと言った。何度も言った。いつも穏やかに僕や家族と向き合ってくれている父に、何か出来る事はないのだろうか。
アルバイトのない日は、【春雨コンタクトテレホン】開設準備を手伝った。
「何でだろ、親友がお父さんに電話くれるのは理解出来る気がする。何か夢の話しみたいだけど。でも関係ない人がかけてくるってどういう事? 」
妹が腕組みをして悩んでいる。
「繋げてくれたんだ。父さんなら安心して話せるからって、親友が紹介したんだよ」
父の親友の月命日は朝からどんよりと曇り。
「大きい傘にしろよ。濡れて風邪ひくと凛雅は花凛と違って長引いて大変だから」
確かに幼い頃から身体が弱い。雨や雪の降った翌日はなぜか体調が悪く、妹はそんな日でも滅多に体調を崩す事なく成長している。
小雨が降り出した。まずは菩提寺に参り、そのあとに河川敷に行き、花を手向けて手を合わせた瞬間に父の携帯電話が鳴った。
父が無言で見せた画面は砂嵐。僕は驚いたり怖がったりせずに父に頷いてみせた。
「雨降っているのに申し訳ない。強くなるのは午後だろうなぁ。そうだ、最近花見客などの捨てるゴミが多い。ボランティアの人達や清掃活動の人が大変そうで。何か良い案ないか」
僕は思わず案を口にした。この付近は看板や警告が少ない。この調子だと見まわりの人もいるのかいないのか。
看板や警告の対策をとっても景観の問題もある。だったら、市役所や地域の方々の見まわりが必要。メディアを使って現状を知ってもらい理解してもらうのが良いと。
「いまのは誰だ」
「俺の息子だ。今日は初めて此処に連れて来た。いま大学生で春休みで帰省して、色々と手伝ってくれているんだ」
「しっかりした息子さんじゃないか。親友のお前に頼みがある。俺の家族の様子を見に行って教えてくれないか、どうか頼む。お前の息子の声を聞いたら欲が出ちまったよ」
父は約束して僕と車へ戻った。
「あいつ城波っていうんだ。奥さんは大学で仲間だった1人で春音さん。子どもは2人」
家へ帰るのかと思いきや、城波さんの妻子に逢いに行く予定に変更。
「あの森のログハウスに引っ越して来たのって、城波さんと関係あるの」
「それもある。ただ大学からずっと都会暮らしで、自然豊かな場所で開設したいと思っていたら良い物件に巡り合えた訳」
しばらくは一般道を走る。そして父は白壁の2階建ての家の前に車を停車。
「理解してもらえるまで時間かかるよ」
父は分かっていた。もし理解してもらえないのであれば、一緒に河川敷に行くと言った。
僕は、空き地に車を移動して待っていた。
雨が今のところ小雨。これが春雨かぁ、と思い携帯電話を見ていたら砂嵐になった。
「えっ何で、何で僕なの。僕に不思議のパワー遺伝してんの」
落ち着け。父さんのように騒がず恐れず焦らずに、じっくり話しを聞く事に徹しよう」
「お電話お待ちしておりました。春雨コンタクトテレホンです」
「僕12歳の橋山基剛です。僕の話しを聞いてもらえますか」
「大丈夫、聞きますよ」
自分がなぜ中学生になれなかったのかを橋山君は教えてくれた。友達関係の悩みを抱え、された事を話しても大人に話しても完全に理解してもらえず、2つの悩みにパニックになって部屋で命を終えたと教えてくれた。
「お母さんと話したくて。春雨コンタクトテレホンは城波さんから聞きました。電話して良かった。また連絡するので待っていてください」
そこへ父が来たので、僕の携帯電話の画面が途中で砂嵐になって、男の子と話したと伝えると、驚きながら助手席に乗った。
「凛雅をその子は信頼したんだ。また連絡がくるまで待とう。そうか、でも凛雅が嫌なら父さん代わるぞ」
「僕も春雨テレホンラインの一員として、頑張って話しに耳を傾けたい」
河川敷へ行くと、しばらくして1台の車が到着した。城波さんの妻と娘が来た。
2人が花を手向け手を合わすと、父の携帯電話が鳴った。父は城波さんの妻に電話を渡した。
その場を少し離れた。
「雨また弱くなった」
僕が言うと、春雨コンタクトテレホンが活躍中だから、と2人の姿を見守りながら言った。
「ありがとう。あのままのあの人だった」
城波さんの妻は、父に携帯電話を返し、そう言って泣きながら御礼を述べた。
1週間後、今度は僕が橋山君から電話を受け自宅に行き、親子の話しに耳を傾けていた。
少し時間がかかったけれど母親に気持ちを伝えきって、母親が謝り続けていた。
大学生活を再開した僕は、ロビーで砂嵐の携帯電話の画面を見つめていた。
(了)
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