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スパイス効かせて(1)
父の声「……アイリカよ、アイリカよ」
「……はい、ここにおります」娘は答えた。
母の声「わたしたちの前へなおりなさい」
「……ははっ」娘は親愛なる両親の御前に座した。
父「アイリカよ、忙しいところ、呼び立ててしまい、すまないな」
アイリカ「いいえ。……何でありましょうや、父上」
母「……お行儀がよいわねぇ」
父「うむ。……今、何をしておった? 教えてくれぬか?」
アイリカ「はい。……ヘル河の治水事業の視察を終えて戻ってきたところです。……担当していた技術者たちの報告の通り、これで雪解け水によって生じる問題はなくなると思います。落ちてしまっていた橋も新たに架けられました」
父「ほほう。うむうむ。それは吉報じゃ。賢き子……アイリカよ、お前を呼んだ理由はな……他でもない、わしらが暮らしとる……この屋敷の件なのだ」
アイリカ「はい」
父「……この屋敷は、ついに取り壊すこととあいなった!」
アイリカ「……は、はぁ!!?? ……なっ、なんとッ……!!?? た、確かに老朽化ゆえ……補修工事は、幾度も行ってまいりましたが……」
父「そう。……が、しかし、大工たちから、もうこれ以上は無理だと言われてしまってな……母上とわしも、もう限界なのだとの判断に至った。……よって……」
娘は父の言葉をさえぎった。
「まま、待ってください、あ、あのぅ……どど、どうするとよいのでしょう!? ……丸太小屋でも原っぱに作り、住むよりないのですかぁ!? オ、ォット〜に、か、彼と、いいえ、親しい友人にも私は会えなくなってしまうのでしょうかぁ……!!?」
母「フフフフフフフ……嘘が下手で楽しい子ね。大草原の……というよりは、雑木林の掘っ建て小屋となるでしょうね」
アイリカ「……ぇ……えええ〜〜〜ッ!!!!! ま、真のことでありますかぁ……は、母上えぇ……!!」
母「フフフフフ……心配にはおよびません」
アイリカ「……へっ……ぇえ!?」
父「わしらが引越して住めるところはすでに決まっておる。……近くに建っとる、あのヨトゥン城じゃよ」
アイリカ「え……。あ、あの……古城は敵国との戦のとき、放火された後、荒廃し、無人で閉鎖されていたはず、では……?」
母「そうです。史実をよく知っているわ。城があのようになったのは、三十年ほど前のグリンカムビの戦いの折りね。博学多識なあなたの申すままよ。……わたしがのぅ、兄様から買い取ったの。お父上と相談の上、わたしが一人で。……わたしたちの好きに改築して、あの城で暮らしましょう。……どう?」
アイリカ「……伯父上、カールさまから……買い取ったぁ……」
母「そう。個人の所有物件ではない、我が国の管理施設になっていたから。城壁が崩れていて建物としての価値は低かったために、破格に安かったわ。……兄様、割り引いてくれたし。……アイリカ、ときにあなたは己の身分をわかっておるかしら? ……ここで言うてみてはくれない? ……お願いよ」
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